小説
仔狐育成日記8
金色の毛玉が萎れている。


かなり失礼な感想だが、目の前の仔狐を見ているとどうしてもそう思ってしまう。
今の時期は梅雨。
降り続く雨に太陽が隠れてしまい、太陽を日輪と呼び仰いでいる元就はすっかりいじけてしまっているのだ。


丸めた身体を尻尾で包み、窓から雨の降り続く薄暗い空を眺めている。
きゅうっと小さな声が漏れた。
太陽が出ないくらいでこんなに落ち込むものだろうか。
割と雨も好きなので、元就の気持ちは理解できない。しかししょんぼりしている元就を見ていると可哀相になってくる。





『それ』を見つけたのはバイト帰り。
目に飛び込んできた『それ』に気をとられしばしじっと見る。
しかし店が店だし『それ』も『それ』だ。大の男が真剣に見るものではない。
気を取り直すように首を振り数歩 進む。しかし脳裏にはここ数日のすっかり落ち込み気味の仔狐の姿が思い浮かぶ。
店の前に戻り、もう一度『それ』を良く見る。
思い切って店に入り、値段を確認する。少しばかり痛い出費だが出せないこともない。
がしがしと髪を掻き、諦めたように『それ』を手に取りレジにもっていく。
「プレゼントですか?」
「あ、いや……そうです」
ラッピング用の包装紙を取り出し聞いてくる店員に、一度は否定しそうになったものの、男が買う理由といったらそれが妥当かと思いなおして頷く。
若い女性の店員はにっこり笑って「リボンもお付けしますね」とラッピングされた『それ』にピンク色のリボンを巻いた。



ちょっと恥ずかしい思いをしながら持ち帰った『それ』を元就に差し出す。
「何ぞ?」
首を傾げる元就の前でラッピングを解いていく。包装紙を破らないよう丁寧に剥がし、中身を露わにした。
『それ』はまん丸の形の周りに三角が散りばめられた、所謂 絵に描かれた太陽の形のぬいぐるみ。にこやかな笑顔の刺繍まで施されている。
「……何ぞ?」
「太陽のぬいぐるみ」
「これが、日輪?」
仔狐の元就には人間の描く擬似太陽の形などわからないか。当然といえば当然の事実にがっくりと肩を落とした。
元就の慰めにとせっかく買ったのだが、意味がなかった。


「我が求めるのは地上を照らす真の日輪ぞ」
「ああ、そうだな」
手痛い出費だったと無駄な買い物になったぬいぐるみを手に立ち上がる。
これをどうしたもんか。返品とか出来るのか。しかし返品なんかしたら変な誤解されそうだ。
もんもんと悩んでいると、元就がズボンの裾を掴んだ。
「ん?」
「だ、誰もいらぬとは言っておらぬ」
「……いるのか?」
「い、いるとも言っておらぬ」
どっちだ。
「じゃあいらないんだな」
「ちがっ……!」
ぬいぐるみを放り投げる仕草をしたら途端に慌てだした。素直じゃないなぁ。
「いるのか?」
「……せっかくだから、もらってやらぬこともない」
本当に素直じゃない。



本当の日輪ではないので元就を元気にすることまでは出来なかった。
しかしその日以来 太陽のぬいぐるみを抱いて過ごす元就を見ることが多くなった。




(H20.6.19〜7.21)


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!