小説
仔狐育成日記6
「元就、帽子被ったか?」
玄関の前で靴を履きながら、ぱたぱたと駆け寄ってきた仔狐の姿を見る。
ゆったりとした子供用のコートを羽織り、頭にはこれもまたゆったりとした帽子を被っている。
「うむ。ちゃんと準備したぞ」
「よーし、えらいえらい」
ぐりぐりと帽子の上から撫でてやると元就は「やめよ」と帽子を押さえながら抵抗した。
最後に一回ぽんと軽く頭を叩いて、玄関の扉を開ける。
外は大分暖かくなっており、ちらちらと目に入るピンクに彩られた木々が春の到来を告げていた。



元就は見た目は10歳くらいの子供。けれど普通と違うのは耳と尻尾がついていること。
本人曰く由緒正しい妖狐の血筋らしいのだが、とりあえず半人前の仔狐といったところか。
短い時間ならば耳と尻尾を人から見えないように隠せるようなのだが、驚いたり感情が大きく揺さぶられるとあっという間に解けてしまう。
だから外へ出かけるときは常に帽子と尻尾が見えなくなるような服を準備しないといけない。
帽子を両手で握り締め外を眺める元就を横目で伺いながら玄関の鍵を閉める。
そして元就の小さな手を取り、反対の手には今朝作った弁当の入った袋を持って歩き出す。
桜満開のこの時期。することといえば当然、お花見。



人の多いところを避けてのお花見なので、少し山を登ることにした。
とはいえ、この時期だ。どこへ行っても人はいる。
そして時折向けられる好奇の目。
わかっている。自分のような男と幼い子供が2人きりなのだ。
兄弟かしら、でも年が離れすぎてない、親子にしては若い、とか囁かれる声が時折耳に入る。
治安が良いとは言い切れない昨今。自分たちの姿が奇異に映ることは承知のうえ。気にするな、気にするなと自分に言い聞かせる。
くいくいと繋いでいた手が引っ張られる。
下を向くと元就が上目遣いにこちらを見上げていた。
「どうした?」
「もとちか、抱えよ」
ん、と両手を広げて催促された。偉そうな言い方だが、要するに抱っこしろということか。確かに家から割りと長い歩いていたが。
「もう少しだぞ」
「われは疲れた。抱えよ」
早くしろと更に促され、自分どれだけ甘いんだと思いつつ、ここで騒がれたら更に目立つからそれは困るからと言い訳しながら抱き上げた。
抱き上げると顔が同じ位置までくる。そして元就は両腕を首に回して抱きついてきた。
「もとちか、はよう行かぬか。われは桜の下で昼餉にしたいぞ」
ぎゅうぅっと抱きつきながら言ってることは可愛くない。
けれど抱きついてくる姿は可愛い。


使われてる、と思いながらも満更でもなく感じながら、落ち着いて座れる場所を探した。





(H20.4.14〜H20.5.17)


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