小説
仔狐育成日記5
「元親、我はあそこへ行きたい!」


バイトが終わり家に帰ると飛びついてきた元就の出迎えの言葉が、それ。
お帰りとかないのかとちょっとふて腐れつつ元就が指で示す方向を見やる。
視線の先のテレビの中ではスウィート特集なるものをやっていた。
しかも映し出されているのは高級ホテルの一角にある店のばか高い高級デザート。
普段から甘いものを食べる習慣のない自分にとってはどうしてあんな高い値段がつくのかが理解できない。


「却下」
ただでさえ甘いものに関しては底なしかと思えるほど食べるこいつをあんなところに連れて行ったりしたら今月の生活費が一瞬で消えてしまう。
「な、何故だ!?」
俺の回答が相当ショックだったのか、呆然とこちらを見上げている。
何と言っていいやら。
お金が足りないとかそう簡単に行ける所じゃないとか理由はいろいろ浮かべど目の前の仔狐を納得させることはできなさそうだ。
こちらが考え込んでいると元就が服のすそをつかんできた。
「我は…行きたい」
目をうるませて見上げてくるおねだりの表情だ。過去幾度この顔にやられたことか。
しかし今回はやられるわけにはいかない。生活費がかかっているのだから。
「元親」
うるうると見上げる目にぐらぐらと心が揺れる。
ダメだ、これを見ていたらやられる。
急いで体を背け、机の上のパソコンを開いた。
目線をはずしたことが拒絶ととれたのか、元就が視界の隅でぷるぷると震えているのが見える。
ああ、まずいか。そう思いながらパソコンを操作する。


「もと…ちか…」
声が不安そうなものになっている。
元就は俺からそっけなくされることが一番嫌みたいで、ちょっと無視するそぶりをするとすぐに泣き出してしまう。
案の定しゃくりあげてしまった。
「もとちか、ふえぇ…もと、ちかぁ…」
ようやく目当てのページを見つけたので、泣き出した元就を抱き上げ膝に座らせ、パソコンの画面を見せた。
「さっきのところはダメだけど、ここなら連れてってやれるぞ」
見せたのはケーキバイキングの紹介をしているページ。
わりと近くで、なによりバイキングなら元就がどれだけ食べても金額は変わらない。
「ここに移ってる奴、全部食べれるぞ」
「全部か!?」
ぴょこりっと下に垂れていた耳が立ち上がった。
嬉しそうにぴくぴく揺れている。
「連れて行ってくれるのか?」
「おう。今度の休みにな」


嬉しそうにぱたぱたと尻尾を振る元就の頭を撫でながら、今回もまた厳しく出来なかったかとひっそりとため息をついた。





(H20.3.10〜H20.4.14)

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!