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版権(小説)
1-5
「今日から星の単元に入るぞ。じゃあ、今日は14日だから出席番号14番の人、教科書を読んでくれ」
「あ、はい」
午後のぽかぽか陽気。今日はちょうど梅雨の中休み。で、3人はもうすぐ初日を迎えるミュージカルに向けての練習。私は事務所によってこれからのスケジュールを確認とこれからの方向性に関する会議の結果を聞きにいくっと。
スケジュール帳を閉じた。そして黒板の板書に目を通す。
6限の授業は地学の授業。よれた白衣を着た無精髭の天野川先生が教鞭を震っている。一見ただのおっちゃんなんだけど、実は外国の一流大学から客員教授として呼ばれている学者なんだって。そんな人が私のクラスの担任なんて、人は見かけによらないってこの人のことを言うんだなとつくづく納得してしまう。
明日は大気と天野川先生が共演する子ども番組の撮影がある。だから一応挨拶に行こう。

「ああ、岩崎さん、お疲れさま」
「天野川先生、お忙しいのに職員室まで押しかけてすみません」
「かまわないよ。そこに座ったらどうだい?今は先生も出払っているから」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は先生の隣の席に座った。
「最近はどうだい?マネージャー業務は?」
「はい、なんとか慣れてきました。3人のおかげで」
「そうか」
「明日の収録は大気がお世話になります。よろしくお願いします」
「いやこちらこそ。私の方が足を引っ張らないようにしないとね」
目尻を下げて笑っている。
「それにしても、だいぶ元気になったみたいだね。生活はどう?」
「なんとか。皆のおかげで」
「それはよかった。親御さんのことを聞いたときはどうなるかと本当に残念だったんだぞ。いい幼なじみをもって幸せだな」
「はい、本当に3人ともいいやつらなんで」
私は万遍の笑みで答えた。幼なじみって使い勝手がいいわ。大気が考えた私と暮らすための言い訳なんだけどこれが案外役に立ってるし。
ちなみに親の件はつい最近両親が亡くなって身内が誰もいないから親権を3人の両親が受け持つため交渉中ってことになってる。マネージャーの件は夜天が我が侭を言ったからって言うかなり無謀な言い訳だったんだけど、意外とあっさり通ってしまった。それは多分先生のおかげなんだろうな。そんな気がする。
「そういえば先生、明後日でしたっけ?ワタル彗星」
「よく覚えていたね」
「なんか先生いきいき話してたんで印象強くって」
「何年ぶりかな。フランソワに会えるのは」
「フランソワなんて恋人みたいに呼ぶんですね、先生」
そういうと先生は頬を赤くした。
「すごくロマンがあって素敵だと思います」
「そうかい?ありがとう」
先生がはにかんだ。
「そうだ、もしよかったら明後日家に来るかい?彗星の観測をしようと思っているんだが息抜きにでも」
「はい、是非!」

マンションは静かだった。いつもだと星野の声とかギターの音とかが聞こえてくるけれど今日はがらんとしてる。
部屋に戻って改めてスケジュール帳を見返す。皆の仕事のスケジュールばかりがぎっしり。夜天単独でのドラマ、大気の料理番組ゲスト出演、星野の雑誌単独取材、ミュージカルの本番。でも、この中で一番気になったのは8月クランクインの映画。それも子ども向けの。聞いたときは吹きそうになったけど、アイドルってこういう仕事もやるもんなんだろうか。ちょっと疑問をもった。

「え!?子ども向けの映画の主役?!」
「僕、絶対やだ」
「私もあまり乗り気はしません」
「や、やっぱり……」
こんな反応が返ってくるんだろうなってなんとなく分かってたけど……夜天は完全に拒否だし、大気も眉間に皺が寄っている。目が輝いてるのは星野だけだし。
「ねえ、なんでこの映画のオファーOKしちゃったわけ?」
「わ、私だって分からないわよ。向こうの、事務所の意向だもの」
「ま、引き受けてしまったんですからやるしかないでしょう。岩崎さんを責めても仕方ありませんし」
「俺は結構好きだけどな」
「星野は黙ってて」
ごめん。
3人が一喜一憂してる中、早く食べ終わってお風呂に直行した。

今日はワタル彗星の日。でもあいにくの空模様。どんよりとした雲が空を覆っている。
実は『東くんの恋人はハンサムな彼女』のクランクインも今日。いつもは3人の仕事とか大気や星野の単独での仕事がほとんどだったから、夜天と私のみでの仕事って言うのは珍しい。メイクをしてる夜天を見る。
よく見るとまつげ長いな。考えてみれば変身してるときだって見た目は可愛い。メイクだって一番綺麗だし。うらやましいぐらいに。
「なんでずっとこっち見てるわけ?気持ち悪いんだけど」
「はいはい」
くっそ!この嫌みさえなければ可愛いのに。
でもなんだかいつもよりも心なしか機嫌が悪い。仕事を放り出すなんてことはないと思うけど、何かあったんだろうか。

思っていたよりもすんなり撮影が終わった。さっきの機嫌の悪さなんて感じないぐらい。夜天にしては本当に珍しいぐらい。
「さっきからずっと見て、楽しい?」
「べっつに。だいたいマネージャーなんだから当たり前じゃない」
夜天に缶コーヒーをさしだした。
「あっそ。じゃあ聞くけど、あんたマネージャーだってほんとに思ってるわけ?」
「……なにがいいたいの?」
「この際だから言わせてもらうけど、あんたがやってることはマネージャーじゃなくてただの付き人。それだったら大気のほうがずっとましだった」
「な、なによそれ」
「この間の仕事の予定見てなんにも感じてないんでしょ?馬鹿じゃないの」
「僕らをほんとの際物にしたいんならさっさと辞めて」

街灯がちかちかする。傘に雨が不規則に当たっている。
本当ならミュージカルの練習会場ものぞくつもりだった。でも、私は夜天とは別行動をとった。
さっきの言葉が重い。私なりに一生懸命やっていた。やったことがないマネージャー業務を。
際物にしたいんじゃない。際物にしたいんじゃないのに。
「岩崎さん?」
後ろから誰かが声をかけてきた。振り向くとあごひげが雨にぬれてきらりと光るのが見えた。

「コーヒーでいいかな?」
「ありがとうございます、伊藤さん」
『ホームズ少年のZファイル』でお世話になった伊藤さんの自宅にお邪魔させてもらうことになった。自宅と言っても本人は単身赴任みたいで、部屋には家族の写真がところどころに飾ってある。
「仲がいいんですね、ご家族と」
「ああ、こんな仕事をしてるとたまにしか会えないからね。こうやって写真を飾っておくと少し心が休まるんだ」
伊藤さんがコーヒーを出してくれた。湯気がゆっくりのぼっている。
子ども達が腕に掴まってる写真もあった。やっぱり腕に掴まりたくなるんだ。私と同じだ。
「人には話しづらいと感じても写真の前なら話せる。家族のありがたみってやつかな」
「そうですね」

「皆は元気にしてるかい」
「は、はい。仕事も、一応」
さっきの夜天の言葉が頭をよぎる。順調とはとても言葉に出せなかった。
「マネージャーの仕事は大変だろ」
伊藤さんは水が入ったグラスを傾けた。
「生きた人間を相手に生きた人間を使って勝負する仕事だからな」
「生きた人間を相手に、生きた人間を使って?」
「見ている人もスリーライツも人だ。心がある、だから難しいんだ」
「こころ……」
「だからこそ、それぞれの良さが違う。一番活かされる場所も場面も。それぞれの個性を見極めて、仕事をとってくる。簡単に見えて難しい仕事だよ」
「それぞれの個性、ですか」
すんなり頭に入ってきた。そんなこと考えもしなかった。私はただスケジュール管理をしていただけだ。
「大方それについて悩んでいたんだろ?」
はたと顔をあげた
「顔に書いてあったよ。そろそろそれに悩むんじゃないかなと思っていたから」
伊藤さんの頬にえくぼが見えた。

外に出ると空には星が広がっていた。雨が上がった。
あの後の会話が頭の中を去来する。
『夜天君がそんな風に君に言ったんだとしたら、それは君を認めている証拠だと思うよ』
『認めている?』
『君の考えを聞かせてほしい、君にマネージメントされるならかまわない。そんな風に聞こえるな』
だんだん胸が熱くなってきた。
そうだ、天野川先生の家に行こう。それから、夜天にも大気にも星野にも謝ろう。

水たまりを避けて走った。




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