宝物(小説)
2
「ぅんんっ」
「悪い…!痛いか?」
「違う…けど…!」
手なれた瞑祥の手つきとは全く違う、たどたどしい燕青の愛撫。
いきなり下肢に触れるのは抵抗があるのか、遠慮しているだけなのか、水の冷たさですっかりたちあがった乳首にそっと唇を寄せた燕青。
温かい舌でぬるりと舐められた瞬間、セイの体はびくりと反応した。
その反応にセイ自身が一番驚いていた。
瞑祥相手の時はただ行為が終わるのをひたすら待つ、快感どころか、触られている感触すらあいまいだったのに。
「えんせい…っ」
燕青に触れられたところから発熱しているのではないかと言うくらいに体が熱く、燕青の舌に辿られる全てが性感帯のようにセイに快感を与えた。
「痛く、ね…!?っ」
心配そうにセイを見た燕青は、目が合ったとたんに音が出そうなくらい顔を真っ赤にして言葉を詰まらした。
慌てたように目をそらすが、横を向いた顔は耳まで真赤に染まっていた。
燕青がうっかり見てしまったセイ。
潤んだ瞳、自分の体の変化に着いていけずどこかすがるような眼をした彼はとんでもなく扇情的だった。
「…っ構うな」
しかし、そんな燕青に気付けるほど、セイも余裕などなかった。
男が感じるはずもない箇所で強い快感を得てしまったことに、酷く羞恥を覚えた。
自分から誘った時は、いつもひょうひょうと自分を包み込む男をからかうだけのつもりが、何故。
「あ、っや、あ、あああ」
燕青のなすこと全てが、セイの快感を引き起こす。
媚薬のようだと思った。燕青の指が触れたところからジンジンとした疼きが生まれ、次第にそれは全身へと広がる。
ままならない感覚に戸惑いこそすれ、嫌悪などなく、むしろ生まれるのは快感。
麻薬のようだと、思った。
「あ、あぁ…や、」
「せい…!すっげー綺麗…」
無防備に喉元をさらけ出し喘ぐセイに、感極まったように目を細め首筋を舐め上げた。
それは愛撫のためというよりも、ただただ必死で、そんな拙い触れ合いにもセイの体は面白いほどに跳ねあがった。
あまりの羞恥に目を伏せ、目に入ったもののせいでまた慌てたように視線を彷徨わせた。
一瞬おいてその狼狽の訳を理解した燕青は、どんな表情をすればいいのか迷って浮かんだような苦笑いを浮かべてだって、と言い訳する。
「だって……そりゃ、なあ?」
「……ガキとは思えない…」
「え?え?それってどういう…?!」
「う、うるさい!早くしろ馬鹿!」
記憶にあるあの男と比べてしまったのは仕方ないだろう。
しかし大きく主張するそれが、子供のそれとは思えず無意識に呟いた言葉に燕青は真赤になって反応した。
熟れた林檎のような顔を見ているとこちらまで恥ずかしく、顔をそむけることで変な空気から逃れようとした。
「ぅ…!?え、えんせ!?」
が、それは叶わず、お返しとばかりにセイのものは燕青の大きな手に包まれていた。
途端に体が戦慄する。
「や、めろ!触るな…っ、やめっ…!」
「セイ?」
「駄目だ!触るな…!ヤ、さわ、るな!嫌だ…っ」
「、っ」
気がつけば燕青の体を大きく突き飛ばしていた。
まさか突き飛ばされるとは思っていなかった燕青はどすっと後ろへ転がり、何が起きたのか分からないような顔をしていた。
そして突き飛ばした側であるセイも、自分の行動が分からず困惑した表情を浮かべていた。
先ほどまでの背徳的に燃えていた炎は霧散し、どことなく気まずい空気が二人の間に流れた。
先に復活したのは燕青だった。
恐る恐るといった風に手を伸ばし、セイの頬を包み込む。
「触られるの、嫌だったか?」
「……」
「その、悪かったな…えと、その……ごめん」
「…が、う」
「え?」
「ちがう…嫌なんじゃない、んだ…でも、私は汚いから…」
「へ?」
「お前が、お前まで、……」
「汚れるって?」
「・・・っ」
うつぶせた顔が肯定だった。
だが本当に、燕青にそこを握られた瞬間に、凌辱されつくした己がとても汚いものに思えて仕方なかった。
そしてその汚れは、己を侵食すると同時に燕青をも蝕むような気がしたのだ。
だがどんな理由であっても、セイが燕青にしたことは拒絶で、どんな理由をつけても体は逃げるのだ。
心がどれだけ燕青を求めていても。
唇を噛み締めたセイをふわりと温かいものが包む。
「泣くなよ」
「泣いてない」
「…だな」
広い胸板に頭を押し付けるようにして抱え込まれたセイ。
泣くなよと言われ、とっさに泣いてないと言い張ったが本当にそうだろうか。
それ以上は何も言わない燕青の背におずおずと腕を回すと、抱擁はさらに強められた。
強まる腕とは逆に、張り詰めていた心が解けて行く。
手ひどく扱われ疲れ切り、汚されつくした体。姿を見られ、動揺した。
泣いて縋ることも、優しい腕を期待することも自分にはできなくて、ただ上塗りするように燕青をこちらへと誘い込んだ。
燕青と繋がれば、心が落ち着くと思ったのだ。
誘い込んだ自分が酷く汚く思えた。
「なに考えてんだよ」
「別に…」
「嘘言え。そんな葬式みたいな顔しやがって」
「……お前を引きずりこんで、悪かったと思ってる」
「なんだそれ?」
抱き合いながらする会話じゃない、離れようと思うのにやっぱり体は正直でセイの腕は燕青の背に添えられたまま。
そんなセイを燕青も優しく抱きしめていたが、セイの言葉にぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「引きずり込んだって、まるでセイがムリヤリやったみたいじゃねえか」
「同じようなものだ」
「同じじゃねえよ!俺はお前に欲情したの!すっげー綺麗だと思ったし、触りたいとも思った。ついでに言えばセイに触った他の奴ぶっとばしてーと思ったの!」
これのどこが「引きずり込まれた」だよふざけんな、と一息に怒られセイはしばしぽかんとしてしまった。
これまで怒られた記憶などないに等しかったのだ。
だが謝って怒られると言うのも変な話だ。
「変な奴…」
「な、今の本気で言っただろ?!」
「変な奴に変と言って何が悪い?」
なんだか釈然としない気分になって、つんとセイが返すと燕青は一瞬の間を開けて噴出した。
「あー、なんかお前らしくなったな」
「なんだそれは」
「タカビーでツンツン」
「なっ…!」
けらけらと笑いながら言う燕青に言い返す言葉がみつからず、セイは口をつぐんだ。
セイを見つめる燕青の眼が妙に優しげなのも、気に食わなかった。
「なあセイ。やだったらやんねーから。」
燕青にちらりとだけ視線を合わせる。
「あ、でもセイがやってもいいって思ったら言えよ?俺やりてーし」
誰が言うか、と思ったが口には出さないでいた。
大体やりてーからとは何事だ。それでは動物の交尾にちょっと理性がくっついたようなものじゃないか。とも思ったがやっぱり言わなかった。
言わなかったのに何故か燕青には伝わったようで、苦笑いを浮かべてセイの頭に手を置いた。
「勘違いすんなよ?お前だから、やりたいんだからな」
「……分かっている」
言い含めるような言い方をされむっとしたが、燕青の言葉がほんの少しだけ嬉しいと感じたので言い返さすに、燕青の腕の中に身が納まるように頭を胸に押し当てた。
「おわっ!?」
「うるさい静かにしろ」
「や、でも…この体制は……」
ごにょごにょと言っていた燕青もしばらくすると黙り、まあいっか、とセイの頭を包み込んだ。
ボロボロになった心ごと抱きしめるような温もりに溢れそうになった涙を隠すようにセイはゆっくりと瞼を閉じた。
全てが凍った世界
訪れた君は全てを溶かして連れ去った
終わり
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