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宝物(小説)
2
「セイ……」
臥所に身を横たえたままでいた静蘭は名を呼ばれ、視線だけを気怠げに傍らの燕青に向ける。
「会えて、嬉しかった」
溢れんばかりの笑顔を浮べた燕青とは反対に、不機嫌に眉を寄せた静蘭は顔を背けた。
「──私は全く、嬉しくないからな」
むっつりと、そっぽを向いたまま静蘭が答えれば、燕青はにやりと笑う。
「身体の方は、あーんなに悦んでくれたのになぁー」
「くっ‥! このっ‥」
怒りに突き出された拳をなんなく避けると、燕青はその腕を掴んで引き寄せ、静蘭の顔を覗き込んだ。
別れたあの日から流れた年月の向こうの、懐かしい面影。
燕青の視線が辿る過去に静蘭は再び眉を寄せる。
「……今の私は、セイではない」
「うん」
「それを忘れるな」
「忘れないって」
燕青はにかっと笑い、腕を放すと静蘭の頭をぽんと軽く撫でた。
「……本当に会えて嬉しかった。じゃあな、セイ、元気で」
燕青の表情が少し淋しげに曇り、別れの言葉が告げられる。
「おいっ‥」
思いもよらず告げられた言葉に静蘭は驚き、まるで引き留めるかのようにその腕を掴んでいた。
だが燕青の顔に、再び晴れやかな笑顔が浮かぶ。
「んでもってこれからよろしくなっ! せぇーらんっ!」
「なっ‥!」
燕青は強く、静蘭を抱き締めた。
セイはもういない──自分の知るかつてのセイは。
けれど今、この腕の中にいるのは確かにかつて一緒にいよう、守りたい‥と、願った者だ。
己の腕の中で逃れようともがく静蘭を、燕青は確かめるかのように抱き締め続けた。

確かに在る、その存在を──




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あきゅろす。
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