天神 魔王 螺旋階段を登った先には豪華な装飾があしらわれた扉があった。この先に狂王が。マーダはゴクリと唾を飲み込んで、扉を開いた。重い音を立てて開く扉の向こうにバリガル王は待受けていた。 バリガル王は後ろ向きになっていたが、マーダ達の気配に気が付いて声をあげる。 「誰だ?レイザードか?」 その声には威厳を感じさせる物があった。マーダは思わず、跪こうとした自分を奮い立たせる。 「私は小国カサリナの王子マーダ。 バリガル王、あなたの奇行に民が嘆いているのをご存じか」 「バリガル王? あぁ、私の器となった者の名がその様な物だったな」 「器だと? お前まさか?」 「そうだ。 私は古に封印されし魔王。 レイザードの力により、私は復活を遂げた」 魔王は既に復活していた。予想はしていた物の本当に復活していたとは。マーダ達は驚きを隠せない。 「しかし、レイザードはどこに行ったか知らないか? あやつ、少し用事があると言って私の心臓に変わる物を持って行ってしまったのだ。 知らぬか?」 「レイザードなら死んだ」 「死んだ? そうか。 便利な奴だったんだが。 それでは、お前等は知らぬか? 私の心臓に変わる物、いや、あぁ、それだ。 持ってるでは無いか。 返せ」 忽然と、魔王は姿を消す。辺りを見回すも見つけられない。 「な、何を!?」 が、気が付くと魔王はレイチェルの頭を鷲掴みし、持ち上げていた。 「あるでは無いか。 ほら、出て来い」 子供が玩具を振り回す様にレイチェルを上下に振る魔王。 すぐにでも助けなければ。魔王に捕まえられたレイチェルはいつ殺されてもおかしくは無い。しかし、真正面から行ったとしてレイチェルを助けられるだろうか。答えは否。 魔王は武道から魔術まであらゆる卓越した力を持ち、拳の一撃は山を砕き、剣の一薙は地平線の果てまである景色全てを切り裂いたと言い伝えられている。 そんな相手に真正面から剣を交えても返り討ちに合うのは明白な事実。奇襲に賭けるしかない。しかも、今なら魔王はレイチェルを振り回すのに夢中で無防備その物。これ以上の機会は無い。そう確信したソグレスはマーダに目配せをして、魔王への奇襲を伝える。マーダもそれに同意し、気配を消して魔王に忍び寄った。 魔王を自分の間合いへ詰めると、先に剣を振ったのはおとりのソグレス。本命はマーダの勇者の力。 魔王はどんな攻撃にも耐える身体を持っていたが、勇者の特異な力「破魔」だけは防御する事が出来なかった。 魔王はソグレスの剣に寸での所で気が付くが、驚きもせずに自らの腕を剣に変え、打ち返した。 「剣術の相手がして欲しいのか?」 剣神セルラトスに一撃を与えたソグレスの剣技は魔王に腕一本で遊ばれていた。魔王はたじろぎもしないでソグレスの全ての剣技をいなして行く。 これではマーダに攻撃を繋ぐ事が出来ない。何としてでも隙を与えねば。ソグレスは捨て身で魔王に突進した。 ソグレスの突進を予期しなかった魔王はこれを思わず、躱した。 「マーダ!!」 ソグレスが咄嗟にマーダの名を叫ぶ。マーダはそれに応えて、柄だけの剣を抜き魔王へ振りかざした。 柄だけの剣から光が現れる。その光は光の刃となって、レイチェルを掴む魔王の腕を切り裂いた。 城内に耳をつんざく魔王の叫びが木霊する。 魔王の腕から解放されたレイチェルは痛みに頭を押さえるが、杖は魔王に向けられていた。痛みに屈している場合では無い。 「…拘束するは汝の…」 しかし、魔術の詠唱はそこで止まった。 「平伏せ、愚民共」 レイチェルの身体を魔王の指先から発せられた一筋の光が突いた。魔王が反撃に出たのだ。 マーダは吹き飛ばされたレイチェルを直ぐさま、ダイビングキャッチする。 「大丈夫か。 レイチェル」 「は、はい。 胸に入れていた天神様に当たっただけで大きなダメージはありませんでした。 しかし、まだ覚醒していないとは言え、魔王の力がここまでの物だったとは」 「あぁ、だからこそ俺達が倒さなければならないんだろ」 「えぇ、その通りです。 マーダ様」 二人の元へソグレスも近寄った。 「レイチェル、魔王の言う心臓の代わりとやらは、天神の事か」 「はい、きっとそうでしょう。 天神様を持つ事により、魔王は本来の力を取り戻すはず。 だからこそ、今が絶好の機会なのですが」 しかし、魔王をたじろがせる事さえ出来ないソグレスの剣、魔術の詠唱の隙を許されないレイチェルの魔術、奇襲を掛けなければ切り付ける事不可能なマーダの勇者の力、覚醒前の魔王を相手にも策は尽きていた。 三人に沈黙と言う名の絶望が訪れる。 「ここまでかよ」 マーダは行き場の無い衝動を拳で床にぶつけた。 「いや、策は一つだけ残されている」 ソグレスはおもむろに立ち上がる。 「何ですか。 ソグレスさん」 「魔王を覚醒させる」 [*前へ][次へ#] |