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短篇集
帰省

 ギリギリまでだらだらと過ごしていたせいで、電車に乗ったのは発車寸前。
 お陰で車内で食べようとしていた昼食を買い損ねた。
 空腹をごまかす為のコーラ。いつもより大きな鞄。
 それらを持って空席を探す。
 半端に埋まっている席。
 二つならんだ椅子の片方は埋まり、片方は空いている。
 両側に並んだ座席の全てがそんな状況。
 他人の隣は嫌だ。
 二両目に移動する。
 こちらも大差無い状況だ。
 唯一、向かい合う座席の片方が空いている。
 諦めてそこに座った。
 向かいには中学生か高校生か、制服を着た男の子が座っていた。


 走り出す。
 向かいの彼をなるべく視界に入れないよう、窓の外を見る。
 流れる景色は雨模様。
 家を出る時には降ってなかった。傘は持たず出た。
 景色と共に窓に付いた雨粒も流れていく。
 ある者は速く、ある者はゆっくりと、ある者は止まって。
 位置によって風の受け方が違う。


 僕はどの雨粒だろう。


 釣り広告を見るともなく見ているうちに何駅か過ぎた。
 そしてまた駅に着き停車する。
 扉が開くと、雨粒の音が激しい。
 開いた扉から地面に目をやる。激しく雨粒が叩き付けている。
 ついさっきまで小降りだったのに。

 また走り出す。
 向かいの彼が目の端に映る。
 景色を見ているが、口が開きっぱなしだ。
 間の抜けた顔に呆れる。
 他人の事を嘲笑できる立場でもないのだが。

 空は曇天、雨は弱まっている。

 嫌な街から遠ざかっているのに、気分が晴れないのは天気のせいだろうか。
 それともこれが一時的な「逃げ」でしかないからだろうか。

 原因は自らの内にあるのだから。
 どこに行こうと連いて来るのは当たり前か。


 車窓が一面緑になる。
 住むならこんな場所がいいと思う。
 でもどこかで、それも無駄だと分かっている。
 どこに行こうと、そこを「嫌な街」に変えてしまうのは自分だから。


 停車を繰替えす度、車内の人は減る。
 最初あれだけ探した空席も、今は難無く見つけられる。
 僕は一人になれる場所に移動した。


 一人は、楽だ。
 何も気を遣う必要も無い。


 いつの間にか雨は止んでいた。
 それだけ移動したという事だろうか。
 それとも雨雲が気まぐれなだけか。
 見える景色は、地続きの世界とは思えぬ程変化している。
 時を遡るかのように。


 向かっているのは、僕の初代「嫌な街」。


 それが今、どうしてこうも「帰りたい場所」となったのか。

 結局は、甘えられる場所が居心地良いだけだ。
 今現在の恵まれた環境を、目を閉ざして逃げている。


 それは、「あの頃はまだ良かった」だけの人生。


 数列前の席に座る女子高生の、楽しそうな笑い声。
 目的地まであと数駅。


 今のままでは何処にも行けないんじゃないか?
 何処にも――


 小さな無人駅に停車する。
 皆、扉が閉まり再び走り出すのを待っている。
 寂れた駅はやはり無人のまま、景色の向こうへ流れていく。


 山を越え、建物が目に入り始めた。
 次が目的の駅だ。
 車窓は故郷を映す。
 時に押され、「故郷」から離れていく町並みを。

 そして電車は停まった。

 いつもより大きな鞄、コーラの空き缶。
 そして少し沈んだ気持ちを持って、電車から降りた。
 プラットフォームで空き缶を捨てる。
 その間に電車はまた走り出した。
 僕はそれを見送る事もなく、改札に急ぐ。

 少なくとも、ここが僕の居場所だから。

 孤独を愛さずに居られる場所だから。


 少しだけ、今を楽しめるように考え直してみよう。
 この街で過ごしていた日々は、その時は気付いてないだけで。
 きっと、楽しかった。


 水溜まりに青空が映る。
 こっちも雨は降っていたのだ。
 だが、もう所々地面は乾いている。


「ただいま」

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