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月の蘇る
  7
 言い含んでいた女官から紙片を受け取る。
 孟逸(モウイツ)はそれを開いて、きっちりと十六に分けられた折り目を確認して頷いた。
 これは彼らへの報せだ。こちらは方法を探っている、希望を持って待っていて欲しいという。
「ご様子は?」
 女官に問う。
「随分と衰弱しておられます。寝台の上で全く身動きされずに」
「そうか…」
 また頼む、と女官を仕事に戻らせて。
「侖賓(ロンヒン)」
 名を呼ぶと、物陰からぬっと姿を現した。
 苴に居る友から譲り受けた忍だ。苴は落ち着いたからもう仕事が無いんだと言って。
「北州に行って、州長に伝えてくれ。若君は後宮に監禁されている。日々尋問を受けて衰弱しておられる、と」
 忍は頷くなり姿を消した。
 孟逸は考える。
 居場所は分かった。だが救出は知恵を絞らねばならぬ場所だ。
 強行手段を取れば北州が危うい。
 だが当人の衰弱も気になる。あまり悠長にはしていられない。
 どうするか。
 とにかく桧釐の決断を待つ事にした。侖賓の足なら北州まで一日で行けるだろう。

 鉄格子の外から飛雀に笑われた。
 どうして笑われねばならないのか。賛比は苦い顔を旧友に向ける。
「何したんだよ、お前」
「何もしてねえよ」
 監視下と言うから一体誰が見に来るのかと思えば日替わりで、二十日目にしてこいつが現れた。
「何かしたからそこに居るんだろ?」
 説明するのも面倒だが、ここは一つ仲間を頼ってみようと思った。
「殿下が捕らわれた」
「は?」
「急に、だよ。後宮に連れて行かれたと思ったらそのまま帰って来なかった。俺と連れの子供も捕らわれた。それが現状だ」
 飛雀は顎に手を当てて考え、はーんと間抜けな声を出した。
「じゃあ、何かしたのはあの無愛想な美人の王子様って事か」
「そういう言い方するなよ」
 釘を刺して。
「恐らく殿下も何かした訳では無いだろう。急に難癖付けられたようなもんだ。陛下に対し逆心あり、とよ。兄弟でちょっと喧嘩しただけじゃないかと思うんだが」
「兄弟喧嘩で殴った?相手が相手だからなぁ。弁護出来ないなぁ」
「そんな愚かな真似をするお人じゃねえよ」
「でも子供だろ?」
「ただの子供じゃない。あのお人は…」
 続く言葉を考えて無かった。
「龍晶様のお子だ」
「全国民が知ってるよそんなもん」
 勿体ぶった割には何の説得力も無い。
「だけど、そう言われると同情したくなるのも分かるがね」
「同情は失礼だろ」
「とにかくお前は大人しくしとけ。俺の仕事を増やすな」
 それを言われると頼る気も失せた。
 具体的にどう頼るかも考えて無かったが。
 とにかく北州に一言知らせたい。
「お前、宗温様が今どうしているか知っているか?」
 問われて、これだと思った。
「北州に居られる。体を患ってな。お前ちょっと、休暇取って見舞いに行けよ」
「は?なんでお前にそんな指図を受けなきゃならん」
「良いから。酒でも奢ってやるよ」
 飛雀も気付いたようだ。
「ま、良いけど?どうせ独り身だし」
「お前もか」
「お前はてっきり北州で家庭持ってるのかと思った」
「この生活でそんな事できると思うか?無理だから」
「ああ、綺麗なお坊ちゃんに付きっきりで女が近付かない」
「言うな」
 とりあえず、繋ぎの方法は決まった。

 都の役人達がやって来ても子ども達はお構いなしに大活躍だった。
 箒を手に花音が役人…ではなく弟達を追いかけ回している。
「止まれぇぇお前らぁっ!!」
 鬼の形相の姉に捕まらない為には逃げるしかない。
 発端。花音が楽しみにしていたおやつを取られた。それだけ。
「僕は里音兄ちゃんに貰っただけーっ!」
 杜音が言い訳しながら走る。
「俺もそれが誰のかなんて知らなかったからぁっ!!」
 里音も必死で叫ぶ。
 役人達は行っては帰ってくる嵐を迷惑げにしている。
 穂音は一人おやつにありついて平和だ。
 そして敢えて両親は知らんぷりしている。
「全く…お子までこうもやんちゃとは」
 孥晋が呆れ返って桧釐に言った。
「子供は元気が一番だろ?うちの子の可愛い姿を見て皆満足だろう」
「魂を吸い取られる程に満足ですよ」
 見ているだけでやたら疲れる。
「全く…血の繋がった兄弟とは思えませんな」
 誰の事を言っているのかはすぐに分かる。
「あの子が長く世話になっているようだが、済まんな」
 感情無く桧釐は言う。既に孟逸からの報せは受け取っている。
「あのお子は大人しいのが良いのですがね。しかし些か大人し過ぎる」
「お前も喋って貰えないか」
「私など、お声も聞いた事がありませんよ。ああそう言えば、十年余り前にここで華耶様をお連れした、あの時に聞いた声が最後ですね」
 あの時の無邪気な声は失われた。
 そこまでの変わり方をするとは、正直桧釐も思っていなかった。
 両親を失った傷が、成長して理解を深めれば深める程、彼を蝕んでいった。
「元気にしておられるか。文も無いのでな」
 鎌をかけるつもりで問うと、孥晋は当然のように答えた。
「お元気ですよ。尤も、あの方はそうである時と無い時の見分けが難しい」
「…そうかい」
 それは確かだが、今は一見して分かる程に衰弱していると言う。
 堪らない気分だが、それを表に出すほど桧釐はもう若くない。
「早くお帰りになるよう伝えてくれ」
「都の住み心地が良いと言われているのだが」
「それでもだよ。帰る場所はここだ」
 鼻で笑われた。
 於兎がこちらに目を向けてやって来る。
 拙い。彼女に隆統の事を何か言われたら、それを逆手に取られ兼ねない。於兎にはこんな腹芸は出来ないだろう。
 と、そこへ。
「とうさまぁぁ!そいつらつかまえてぇ!!」
 於兎を上回る怒鳴り声。
 嵐がこちらにやって来た。
「お、よっしゃ」
 腰を据えて構える。
 そこに暴走坊主二人が。
 いや、二人は流石にきつかった。
「いってぇ…」
 三人諸共倒れた。
「流石父さま!こいつら、ただじゃ置かないんだから!!」
「うわぁぁ」
 倒れた桧釐ごと花音は箒で叩きまくる。
「いだいいだい!許して姉ちゃん!!」
「だって里音兄ちゃんのせいだよぉぉ」
「また俺のせいにっ!」
「うるさい!同罪よ二人とも!」
 ばしばしと尻を叩く箒。外れればそれは桧釐を容赦無く叩く。
 父親は助けを求める手を伸ばした。
「待て待て花音、やり過ぎだ、そのくらいにしてくれ。って言うか助けてくれ!」
 男子二人に乗られては重い。
「仕方ないわね!ここは父さまに免じて許す!」
 やっと解放された弟二人。
「あんたたち」
 しかし、後ろからもっともっと怖い存在が。
「家の中を走るなって、何回言ったら分かるのかしらね…?」
 ぎくっと花音の背筋まで伸びる。
 その手から箒を奪い取った。
「お仕置きよ!!」
「きゃあぁぁぁぁ!!」
 三人が三人、ちりちりばらばらに走って行く。
 孥晋はぱちくり瞬きして騒動を見送った。
「これが日常だ」
 起き上がりながら桧釐が言う。
「なんともはや…」
 言葉を失っている。
 住む世界が違う。当たり前だ。
「お前、子は居ないのか」
「こんな野蛮な子を持っていない」
 自分の子を野蛮呼ばわりされながら、げらげら桧釐は笑った。
「孥晋様!」
 部下らしき男がやって来て、跪いて言った。
「怪しげな蔵を見つけたのですが、錠がかかっており開ける事が出来ません」
 孥晋が嘲笑う目を向ける。
 言われる前に桧釐は言った。
「開けよう。どの蔵だ?」
 庭にある武器庫だった。これを見られれば謀叛の言い掛かりは難なく付けられるだろう。
「こんな所に賂(まいない)なんか無いだろう」
「それに代わる物があるやも知れんぞ」
「無いもんは無いんだがな」
 言いつつ開ける。
 中は空だった。
 役人達は一瞬拍子抜けし、しかしすぐに言い募った。
「何に使う蔵だ!?」
「米蔵だよ。備蓄用のさ。近年は不作だろ?だから中身は出払っちゃってさ」
「何だと…?」
 孥晋は中に入り、注意深く空の蔵を見て回る。
 壁に打ち付けてある板に目を留めた。
「これは刀を立てる為の物ではないのか」
「ああ、そうだよ」
 あっさりと認める。
「ほら、前王時代の名残さ。哥が攻めて来た時、この北州で迎え討たねばならなかったからな。その為に武具を備えるのは当然だ」
「その武具は!?」
「捨てたよ。哥とはもう戦にならないし、必要無いから」
「探せ!何処かに隠してある!」
 孥晋の一声で部下達は散った。
 出て来る訳が無い。何せ、隠し場所は鉱山の廃道だ。
「武具を探してどうすんだよ。賂の証拠だろ?ま、してないから出てこないけどさ」
 桧釐の言葉を聞きながら、考える素振りを見せつつ孥晋は蔵から出て来る。
「桧釐殿」
「どうした、改まって」
「育ち盛りの子の大勢居る貴殿には大変申し上げ難い話だが」
「なんだ」
「この屋敷は王府の物になる。出て行って貰いたい」
「…はあ?」
 何を言っているのやらという返事。
 孥晋はにやにやと笑いながら、懐から書状を出した。
「これは、貴殿が宰相を務めていた時に書かれたもので間違い無いな?」
 広げた中身を見て、桧釐は思わず唸った。
 確かに自分の筆だ。龍晶が即位して間もない頃の法令。
『北州は金山の管理の為、王府の直轄地とする。尚、支配権は王府宰相に属するものとする』
 当時北州を支配し荒廃させていた父親から、正当に権利を奪う為の謀だ。考えたのは龍晶だが。
 その法は廃棄される事なく残っていた。
「つまり、今この北州を支配すべきなのは貴殿ではなく、碑未殿だ」
「だから州長の屋敷は宰相のものだって?あれは代々我が一族の私邸だぞ?」
「だからこそ、民はあの屋敷に住まう者が北州の長だと認識するようになった。私邸であるなら買い取ってやろう。いくら出せば良い?」
 舌打ちする。勿論、そういう問題ではない。
 あれは謀叛の拠点だ。何も知らぬ仲間が訪れる可能性すらある。
「いきなり出て行けって無茶苦茶な。ああそうですかとはならないぞ。他に住む場所も無いのに」
「勿論、今すぐとは言わない。十日待ってやる」
「十日?せめてひと月」
 密かに周知させる為にはこのくらい欲しい。
「桧釐殿」
 勝ち誇ったように孥晋は笑う。
「住む場所を早く変えねば、隆統殿下は家に帰れませぬぞ」

「そう来ましたか…」
 祥朗の診療所。宗温は病床で横になりながら呟いた。
「好き勝手抜かしやがる」
 不機嫌に桧釐は言った。
「どうしたものか…。とにかく、殿下のお命が第一だと思いますが」
「お前の息子も心配だしな、祥朗」
 傍らで薬を調合していた彼は、手を止めて頷いた。
「心配ですが…まずは我が子より隆統様です」
「二人は同じ所に居るらしい。つまり、共に監禁されている。解放も同時だろう」
 祥朗は頷いて、手の動きを再開させた。
「問題は、どうしたら解放されるかって所だが」
「貴殿が屋敷を変えたからと言って解放される訳ではありますまい。脅しでしょう」
「それは分かっている」
「多少無理をしてでも殿下らをお救いすべきだと思いますが」
「無理ねえ…。それと悟られぬように後宮の中に入る必要がある。悟られれば本物の人質にされるぞ」
「それが得意な方が居ましたね」
「今は居ないけどな」
「貴殿ならどうでしょうか…」
「え?俺?女装しろって?澄ました顔して恐ろしい事を言うな、お前」
「無理ですか…」
「そんなにがっかりして言うこと?」
「それこそ隆統様なら何の違和感も無いでしょうに」
「救い出す本人を考慮してどうすんだよ」
「困りましたね…」
「困る所そこ?別の手を考えないか?」
 うーん、と宗温は目を閉じて悩んでいる。
 彼の事だから大真面目なんだろうが、桧釐は半笑いで目を逸らした。
 その目の先の窓を叩く音がした。
 緊張が走る。
 祥朗が立ち、客を見に扉へと向かった。
 ただ単に診療を希望する者なのかも知れない。或いは。
 部屋を一つ跨いだ戸口で声がした。
「宗温様がこちらに居られると聞いて来たのですが」
 二人が素早く目を見交わす。
 桧釐は刀をいつでも抜ける体勢で。
「あなた様は?」
 祥朗が訊く。
「国軍の者です。名を飛雀と言います」
 立ち上がりかけた桧釐を、小さく宗温は止めた。
 確かに覚えのある名前だ。
「賛比に教えられて来ました。恩ある宗温様の見舞いに」
「賛比…!?」
 刀から手を離して飛び出す。
 当然桧釐には見知らぬ男がそこに居た。
 賛比と同世代と言われれば確かにそう見える。
「お前、賛比と話をして来たのか?」
 飛雀からすれば突然出て来た男に問われた。
「あなたは?」
 逆に問う。
「北州長の桧釐だ。隆統殿下の実父だ」
 飛雀は目を見開き、そして目を疑った。
「似てない…」
「それは仕方ない!でも本当だから!なあ?」
 祥朗に同意を求める。
「本当です。でも本当に父親かどうかは…」
「それ言う!?」
「すみません冗談です」
 今や皆が疑う所ではある。
「宗温さんは奥に。どうぞ」
 飛雀が通され、実に十年ぶりの再会となった。
「総督…!」
「その呼び方はもう違いますけどね」
「ええと、宗温様!お久しぶりです!飛雀です!」
「出世したようで何より」
「いえ全然!お陰で賛比の入る牢屋番なんかさせられて、このような事に!」
 素直過ぎる物言いである。
 だが本題に早く入れて丁度良かった。
「賛比は牢屋に入れられているのか?今?」
「そうです。監視下に置かないといけないらしくて。それより隆統様が…」
「そっちは知っている。賛比はお側に居れないという事か」
「はい。一人で入っています。奴は元気です」
「そうだろうな」
 あの若様の世話をするより一人で牢屋に入っている方が元気な気がする。
「若君と祥大を救う際には、賛比も牢から出してやらにゃならんな」
 言いつつ、視線は飛雀へ。
「頼んでも良いか?」
「えっ」
 その戸惑いは当然だ。
「ここまで来たって事はそういうつもりで来たんじゃないのか」
「えーっと、それは…」
「大体な、お前がわざわざこの北州に来たと知られている時点で目を付けられているぞ」
「知られてはないと思いますが」
「甘いな。向こうはいくらでも情報網があるんだよ」
「えええ…」
 やっと事の重大さが分かってきた、ような。
「賛比は任せる。友人なんだろ?」
「朔夜君にしごかれた仲間ですもんね」
 宗温にも言われて、飛雀は頷かざるを得なくなった。
「まあ問題は、若君が救えるか否かだが…」
 言った時。
 今度は扉を叩く者が居た。
「患者かな。見て来ます」
 再び祥朗が立つ。
 扉を開ける音。そして、そのまま彼は言葉を失っていた。
「…誰だ?」
 訝しげに視線を交わして。
 今度こそ、桧釐は刀を持って出た。
 が、同じく面食らって立ち止まる。
 そこに有り得ない顔があったから。
「よう!久しぶりだな!」
 朔夜は悪戯っ子の顔でそう言った。


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