短編集
其の2

 ――所詮、知るモノは少ない。

 そう自分に言い聞かせるも、何だか空しかった。その時、黒い物体が水の中から飛び跳ねる。そして風によって左右に揺れていた羽根を水の中に引きずり込むと、そのまま底へと運んでいった。餌か何かと間違えたのだろう、暫くすると沈んだはずの羽根が浮き上がってきた。

 一体、どのような魚がしたのか。種類が気になったリゼルは水の中に全身を沈めると、その魚を探しはじめる。

 その魚は、すぐに見つかった。目の前で、泳いでいたからだ。それは、不恰好な姿をした魚であった。全身が黒く目が大きい。他の魚に比べて全身が丸く、まるで特別な進化を遂げた存在に思えた。この湖の主――そうとも取れる外見に、リゼルは妙に納得をしていた。

 それぞれの場所には“主”という存在がいる。これはリゼルが特別に生み出したモノではなく、長い年月の末に誕生した存在。故に精霊に教えてもらわなければ、知らないままでいた。

「お前が主か?」

 声を出さずに、唇を動かす。すると言葉が通じたのか、相手は振り返るような素振りを見せた。意外な行動に、リゼルは目を丸くする。知らない間に魚が知能を持っていたことに、新しい発見と驚く。

 しかし、気の所為だと思った。振り返る素振りは、泳ぐ動きの一部だったかもしれないからだ。現に、相手はリゼルに興味を示していない。ただ水の中に浮かぶ物体としか見ておらず、器用な動きで横を通り過ぎていく。

 少しくらい、興味を示してもいいだろう。だが先程の鳥達といい、人間以外の生き物は創造主という存在を何とも思っていない。いやその前に「創造主」という存在を認識しているかどうか怪しい。

(寂しいな)

 心の中にポッカリと穴が開いたような、切ない気分になってしまう。しかし、それを引きずるわけにはいかない。リゼルはフッと笑みを見せると、音のない世界を進んで行く。水を掻き分け泳ぐ姿は、空を飛んでいるかのように清々しい。あの時より、リゼルは本来の姿に戻っていない。

 だからこそ、空を飛ぶ感覚は懐かしかった。

 機会があれば元に戻り、空を飛びたい――

 だが、それが許されることはない。

 創造主であるリゼルは、絶対的な存在として知られている。たとえ人間がそれを望もうとも、精霊達が許してはくれない。リゼルはリゼルのまま生き、決して汚れてはいけない。それが、精霊の望み。彼等は、リゼルを失うのを恐れている。恐れているからこそ、時として過激になる。

 ――晒しモノ。

 言葉は悪いが、彼等はそのように考えている。

 過保護とも取れる周囲の行動に、リゼルはうんざりとする時がある。護ってくれることは嬉しいが、過剰な行為は時として迷惑の対象となってしまう。しかし、気付いている者は少ない。

 だからこそ誰もいない世界を自由に楽しむということは、リゼルにとって自分という存在を確かめることができた。大勢の精霊の前にいる時の自分――それはまるで、第三者の視点で眺めている錯覚を覚えてしまう。自分は自分――それを認識できる今、とても嬉しかった。

 しかし一人になったというのに、考えてしまうのは彼等のこと。忘れようにも忘れられない存在に苦笑を見せると、リゼルは勢いよく水を蹴り湖の底に向かうことにした。差し込む光によって、底に敷き詰められた白砂が煌びやかな光沢を放つ。そしてその上に転がっているのは、この湖を青く染め上げる存在。〈マグニ〉と呼ばれる青い鉱石。それが溶け出し、湖全体を染めていた。

 マグニとは、古代語で涙という意味がある。悲しみが結晶化したという噂を持つ鉱石は、今や貴重な存在。一部では幻の鉱石と呼ばれ、高値で取引されているという話もあるほどだ。

 その鉱石が、此処には大量に眠っている。もしそのことを知れば、多くの人間が採掘に訪れるだろう。しかし、この場所は人間が訪れるには不可能な場所。それは、特殊な結界が張られた中にあるからだ。だからこそ、この美しい外観が保たれている。永遠に、これからもずっと――

 マグニ鉱石を手に取ろうと、リゼルは手を伸ばす。その瞬間、粒子の細かい砂は一気に舞い上がり、白い布に覆われたかのように視界を奪う。しかし時間が経つにつれ落ち着きを取り戻し、透明な視界が戻ってくる。

 それにより底についた時には気付かなかったが、所々から細かな泡が吹き出していた。地中より新鮮な水が湧き出ている。徐に手を伸ばすと、サラサラと湧き出す水の感触を確かめた。

(このような美もいいな)

 砂の上に胡坐をかくと、リゼルは周囲の風景を楽しむ。このような姿を精霊達が見たら何と思うだろう。
しかし、今は誰もいない。自由に、好きに振舞える。

(うん。自然のままがいい)

 リゼルは全身から力を抜くと、砂の上に倒れこむ。肌に伝わるのは、優しい柔らかな質感。再び砂が舞い上がるが、今度は気にはならなかった。一種の演出――そう思えば、綺麗なもの。湧き出る水によって、緩やかな動きを見せる水草。統一感のない動きであったが、逆にそれが水の底だということを教えてくれる。


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