短編集
其の5

 化粧し派手に着飾った女性より、何もしない本来の姿の方がレスタは美しいと感じている。

「取りなさいよ」

 しかし、簡単にフードを取ることはできない。それは闇の精霊だから光に弱いという訳ではなく、人間に命令をされることが嫌いであった。それに何故、下等な生き物に従わないといけないのか。その時、大人しくしていた先程の酔っ払いが、再び食って掛かってきた。

「取れと言っているのだから取れよ」

「こら! 貴方が割り込んでくると、話がややこしくなるのよ。これ以上騒ぎを起こしたら、立ち入り禁止にするわよ」

「いいじゃねーか。別に、迷惑をかけるつもりはねーし。それより、こいつが言うことを聞かないのが悪い」

「嫌がっているでしょ」

 嫌がる行為をしたのは、お互い様。そう思うレスタであったが、何も言わない。感情の起伏が激しい人間の行動に、いちいち反応していられない。それに女主人と酔っ払いが、喧嘩をはじめてしまった。

 あまりの見苦しさに、レスタは何も言わず酒場から立ち去ることにする。酒場で女王のことを聞こうと思っていたが、当てが外れた。いや、その前からレスタは立ち去ろうと考えていた。いつまでも長居をしたら、他の客に絡まれる可能性がある。それはそれで、面倒だ。

 レスタが酒場から出た瞬間、建物の中からビンが割れる音が響き渡る。どうやら本格的に、喧嘩をはじめたようだ。店の主人が客に喧嘩を吹っ掛ける。その客が店に寄り付かないことを覚悟してやっているのか、人間という生き物の不思議さにただただ感心するしかない。

「わからん」

 その一言が、レスタの心情を表していた。人間という存在も、リゼルが創造した生き物。この大地に暮らしているか弱き生き物らしいが、あの行動を見ているとそのように思えない。寧ろ“しぶとい生き物”と、表現できよう。互いに喧嘩し、物を壊す。ただの暴力ものだ。

 また“唯一の失敗作”と、精霊の間で言われている。他の生き物は自然のバランスを崩すことなく生活をしているが、人間だけがバランスを大きく揺るがしている。何れ何かしらの罰を受けるだろう。

 しかし、この土地は安定している。自然をそのままに残し、不必要な開拓を行っていないからだ。豊かに育つ作物は、自然からの恩恵。また精霊信仰により、人々は自然の大切さを知っている。人間は、他者の恩恵なくして生きてはいけない。この国の住民は、それを知っている。

「やはり、わからん」

 様々な要素を持つ人間。精霊を信仰し崇めている場所もあれば、そうでない場所もある。同じ“人間”という生き物であるというのに、その違いはどこから生じるのか。不思議で仕方がなかった。

 肩を竦めるとレスタは、次の目的地に向かうことにした。その場所とは、これ以上の人間が集まる場所だ。




 太陽が地平線の間に沈んだというのに、露店市場はとても賑やかであった。遅い夕食の買い物をしている人の姿や、女王誕生際を見物に来た観光客。それに、様々な品物が目に付く。素晴しい繁栄を遂げた、レムール王国。並ぶ品々の数は、交易の多さを物語っていた。

 酒場とは違い、此方の方が落ち着く。同じ活気でも質が違う。こちらは純粋で、あちらは人の欲が混じっている。女王誕生祭の最中であっても、商売は続けられる。寧ろこの時期に稼がなくていつ稼ぐのだ――そのような雰囲気が漂う露店市場は、客の引き込みの声が響く。

「よお、ひとつ買っていかないか?」

 一人の露店商が、レスタに声を掛けてくる。その声に釣られる形で並べられている品物を覗けば、細工が美しいアクセサリーが目を引く。レムール王国は、銀細工が有名であった。

 発掘された銀を職人が加工し、このように売っているのだろう。どれも一級品と言っていい品物。しかし、レスタは銀細工には興味ない。そもそも、アクセサリーや宝石など見向きもしない。

(人間にしては器用だな)

 いくら興味がないと言っても、美しいものを美しいと感じる心はある。その為、無意識に近にあったブレスレットを手に取ることにした。間近で見ると、さらにその細工の細かさに驚かされる。人間がこのような物を作り出せるのは知っていたが、どうやら嘘ではなかった。

「どうだ? 綺麗だろう」

「そうだな」

「買うか?」

「いや、遠慮しておく」

 手に取った腕輪を露店商に返すと、レスタは足早に立ち去ろうとする。しかし、相手は商売人。上客と勘違いしたのか、言葉巧みにレスタを引き止める。そのことに少々うんざり気味のレスタであった、仕方なく話のみを聞くことにした。そうでなければ、帰してはくれない。


[前へ][次へ]

6/17ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!