短編集
其の1

 厚く立ち込めていた黒い雲が割れ、日差しが降り注ぐ。今まで降っていた雨も止み、清々しい陽気へと変わっていく。木陰で雨宿りをしていた鳥達が一斉に飛び立ち、光の中に消えていった。雲が風に、流されている。それと一緒に光の筋も動き、花が咲き乱れる草原を優しく撫でていく。

 来訪者を失った大地には崩れた石の柱に、建物らしき痕跡が残っていた。それらは時間の経過と共に風化してしまい、以前はどのような物が存在していたのかわからない。ただ、立派な建造物が建てられていたということはわかった。その場所に佇むのは、黒いローブを纏った人物。闇を司る精霊レスタだった。何か考え事をしているのか、珍しく穏やかな雰囲気を纏う。

「用は、済んだのか?」

 レスタの背中から聞こえてきたのは、草を踏みしめる音と少年の声音。振り返ると同時に頭を下げ、相手の顔を見詰める。声の主はリゼル。しかし、銀色の髪ではなく青色の髪。現れたのは人間としての姿だ。

 二人がいる場所は、人間の世界。だがこの場所は、地図から消え去った土地。故に、リゼルが人間の姿としていなくても平気だ。しかし、いつ人間に出会うか予想はできない。その為、この姿をしている。

「お時間を取らせました」

「いや、そのことは構わない。お前が我儘を言うのは、珍しいことだ。だから、気にしなくていい」

 この地に訪れたいと言い出したのは、何とレスタだった。己の感情を押し殺し、個人的な頼みごとを一切しないレスタ。だが今回ばかりは訪れたい場所があると、リゼルに頼みごとをした。

「いけませんでしたか?」

「いけないとは言っていない。お前は闇の属性故に、感情を押し殺してしまう。もう少し我儘を言ってもいい」

「努力します」

 言葉ではそのように言うが、声音は硬かった。本来の属性を直せというのは無理だが、少しで我儘を言ってくれればいいとリゼルは思っていた。そうすれば、レスタという存在も変わっていくだろう。

「聞こうと思っていた。何故、此処を訪れた」

「……遠い昔の知り合いに会いに」

 リゼルにしてみれば、それは初耳であった。人間に対して一切の干渉を持たないレスタが、人間の知り合いを作っていたとは――それも女性で、墓がこの近くにあるという。訪れた理由は「久し振りに行きたいと思った」という何ともレスタらしい言葉からはじまった。

「彼女は、占い師でした」

「占い師。未来を見通すという力を持つ人間か」

「人間にしては珍しく聡明で賢く、素晴しい女性でした。特に、自分で自分の行いを戒められる」

 以前、この地はひとつの王朝が栄えていた。民に慕われる若い女王が治め、豊かで平穏な国だったという。しかし、その豊かさを妬む者は意外と身近にいるもの。人間は欲の塊であり、他者が自分より優れたものを持っていれば力ずくで奪い取る。そして傲慢で、奢り高ぶる。

 だからこそリゼルはそれを恐れ、人間界と精霊界の間に結界を張った。人間の侵入を拒む為に。豊かな土地とわかれば、其処が精霊の暮らす世界であろうとも自分の物にしようとする。

 欲の塊と化した人間達は、この土地を奪う為に争い起こす。そもそも、争いを好まない人達の集まる国。結果は、目に見えていた。奪われた国の末路は悲惨なもの。何故、同族同士争えるというのか。

 その後、レスタの話では支配者が幾度となく変わったという。理由は簡単。他の人間も同じように、この土地の豊かさを求めたからだ。その為、多くの血を啜った大地は荒れ果て作物が育たなくなってしまった。恨みや怨念がそうさせていると囁かれ、いつしか地図から抹消された。

 それと同時に国は滅び、荒地となる。人は去り、いつしか人々の記憶からも消え去る。ただ残された残骸が過去の栄光を物語り、静かに語りかけてくる。人が生きた歴史と記憶を――

「人が去りて、甦るか……」

「実に、悲しいことです」

 作物が育たなくなった大地も今は見事に甦り、花々が美しく咲き誇る。鳥達や小動物が楽しく遊びまわり、過去ここが戦場だったとは誰が信じるか。まさしく、恨みや怨念が支配していた。その源である人間が立ち去った瞬間この大地は解放され、元の正しき姿へと変わる。

「お前が言う女性は、女王のことか?」

「主には、隠しごとはできません」

「この跡地の形状からして、過去に王宮が建てられていた。それに、占い師が信仰している精霊はお前だ」

「……流石です」

 占い師や呪い師という強い力が必要とされる職業の者は、闇の精霊を信仰していることが多い。闇という全てを暗闇に染める力には、魔力があると昔から信じられていた。それが影響してかこの職業の者達は目隠しによって視力を奪い、日々己の魔力を高めているという。


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あきゅろす。
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