短編集
其の10
「命など奪うなど、容易い……」
その声音に、レナの身体が震えていた。彼女が、怖がっている。今まで誰に対しても挑戦的で怖がるという行為をしなかったレナが、はじめて恐怖を感じていた。リゼルという存在に――
「その性格は、自身の命を縮めるだけだ。長生きしたいと思うのなら、いらぬことをするな」
リゼルの言葉に、レナは無言で頷いた。予想していたより物分りがよい彼女にリゼルは背を向けると、泣いているファリスに視線を移す。視線が合った瞬間、ファリスの身体が震え大量の涙が零れ落ちる。満面の笑みのリゼル。このような表情をする時は、完全に怒っている。
「ファリス。帰ったら部屋に来い」
「は、はい……」
「逃げるなよ」
今日の説教は、リゼル自ら行うようだ。どのような説教が聞けるのか、考えただけでレスタは身が縮む。
「人間達よ、迷惑をかけた。この者は、暫く外に出さないようにする……ファリス、帰るぞ」
そう言い残すとリゼルは、空間を歪ませ精霊界へと戻っていく。そしてレスタは、ファリスの襟元を掴むと強制的に回収。そして同じように、空間に溶け込むように消えていった。
「だ、大丈夫ですか?」
リゼル達が去ると同時に、苦しいまでのプレッシャーが消えた。セリスは深く呼吸をすると、放心状態のレナに声を掛ける。
「セリス。今のは、誰ですの?」
「あの方こそ、精霊王だそうです」
「わたくしと同年代の少年が?」
どうやら、いまいちピンとこないようだ。仕方がない。どう見も普通の少年。言われなければ、わからないでいた。しかし、レナにとって重要なことがあった。それは“負けた”ということ。
「再挑戦ですわ」
「おやめ下さい」
「何でですの?」
「神官が申した通り、今の方が精霊王と呼ばれる方だそうです。私達人間が、敵う相手ではありません。今回は、無事で何よりでした。レナ様が無謀にも突撃していった時は、どうなるかと……もしレナ様に何かがありましたら、私は……国王陛下に顔向けができません」
「新技も出せずに、終わるわけにはいきませんわ」
立ち上がり、リゼルが消えた方向にハリセンを向ける。腰に手を当て仁王立ち。どうやら、最高の相手を見つけてしまったらしい。この宣言を聞いた瞬間、セリスの顔から血の気が引いた。
「ご安心下さい。精霊は、人間が暮らすこの空間とは別の場所に暮らしています。其処は、人間が行ける所ではありません。ですので、姫殿下の再戦は不可能かと……個人的には、行わないで頂きたいです」
「た、確かに。しかし、それを聞き安心しました」
神官の説明に、セリスはホッと胸を撫で下ろす。本気でリゼルに再戦を仕掛けたら、今度こそ殺される。無謀すぎる行為。いつかは命を落としても仕方がないが、そのようなことになったら多くが悲しむ。
「それにしても、何と美しい姿。伝承では、人間の姿は伝わってはいなかった。こうしてはいられない。記録に残しておかなければ」
急に、神官達の動きが慌しくなる。自分達が崇めている精霊のそれも王が人間の前に姿を現した。
彼等にとっては一大事。何でもリゼルについて詳しい文献がないらしく、今見たことは残すべきに値する。よって、神官達は徹夜で記録を残したという。一方レナは、再戦を誓い毎日訓練を積みかねていた。それに比例して、セリスの胃痛の回数も増えることとなったという。
◇◆◇◆◇◆
精霊界に戻ったファリスは、リゼルの前で正座をしていた。そして、今まで感じたことのない圧力に耐えていく。言葉のない説教ほど、辛いものはない。額から大粒の汗を流し、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「人間界は、楽しかったか?」
「……は、はい」
「そうか。で、何が楽しかった?」
「それは、人間に悪戯を……うっ!」
次の瞬間、部屋から悲鳴が轟いた。それを遠くで聞き、レスタは肩を竦めた。どうやら予想が的中しようだ。
「自業自得だ」
そう言うと、自分の持ち場に帰っていく。その後ファリスへの説教は、二時間続いたという。
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