短編集
其の7

「凄い人間がいたものね」

「誰ですの、名乗りもしないで」

 相手が精霊だと気付いていないレナは、強気でいた。そしてレナはハリセンをファリスに向けると、怒鳴りつける。

「風を司る精霊って言えば、わかってもらえるかしら?」

「せ、精霊?」

「そう、そして此処を守護する一人」

 一瞬にしてファリスの目つきが変わる。いくら無断外出していても、本来の役目は忘れていないようだ。

「修行もせぬ者が、立ち入る場所ではない。去れ、今すぐに」

 それは、普段では聞くことのできない口調であった。いくら自由奔放の性格であっても、風の精霊の長には代わりない。役割を果す時は果す。急に、外が騒がしくなる。そして、ランプを持った神官達が集まってきた。結界を破った時に生じた巨大な音。あれで気付かない者はいない。

「なっ! 扉が開いている。誰だ、結界を破った者は」

「レ、レナ様!」

 神官達と一緒に、セリスも登場する。目覚めた時隣にレナの姿がないことに驚いたセリスは、今までレナを捜していた。そして巨大な音に何かを感じたらしく、慌てて現場に駆けつけた。

 案の定、予想は的中。高位の神官以外立ち入り禁止の扉を、レナが破ってしまっていたのだ。宗教国家という名が当てはまるこの地。このようなことをしたら、国際問題になりかねない。

「人間よ。何がしたいというのだ」

 その言葉に続き、ファリスに向けていたハリセンを振り回す。その表情は好戦的で、今すぐに戦いたいという雰囲気であった。しかし、人間が精霊に敵うはずがない。それは、誰でもわかる。しかしハリセン姫は、相手が強敵であるほど燃えるという困った性格の持ち主だ。

 「精霊と一度は戦いたい」見習いの巫女の説明を聞いたときから、沸々と闘志を燃やしていた。そして、目の前にその精霊がいる。レナにとって、これ以上の好敵手は存在しない。万物を司る存在。敵にとって不足はない。そして精霊に勝ったら、彼女の名は更に有名となる。

「愚かな」

 ファリスの片腕の翼が動いた。その瞬間、突風が吹き荒れレナをはじめセリスや神官達を吹き飛ばす。しかし驚いたことにレナは空中で器用に回転すると、地面に着地してしまう。そしてハリセンを構え直す、ファリスに向かって突撃する。まさにそれは「特攻」という言葉が似合う。

「ホント、身の程知らず」

 ファリスはフッと溜息をつくと両手の翼をはためかせ、吹き抜けの天井から天高く飛び去ってしまう。その姿にレナは足を止めると、逃げられたことに悔しい表情を見せる。もうそこには、淑やかという姫は存在していなかった。戦いの中で生きる姫。彼女に、一般常識は通用しない。

「レナ様。なんということを――」

 乱れた髪を直しつつ、セリスはレナに大声をぶつけた。普段は温厚なセリス。レナに逆らったことは、一回もない。そのセリスが怒っていた。当たり前である。国際問題を引き起こしてしまったのだから。

「あら、セリス。どうしたのです?」

「レナ様! あれ程、この部屋は立ち入り禁止だと……どうして、周囲の者達の言うことを――」

「中がどのようになっているのか、確かめに来ただけです。用が済んだら、帰りましたわよ」

「そのような問題ではありません。ああ、このことを何と報告すれば……きっと、怒られるでしょう」

「お父様には、関係ありませんわ」

 マイペースなレナは、自分が何を仕出かしたのか理解していない。一方、無断で結界を破ってしまったことに対し怒り心頭の神官達。反省の態度を見せないレナに歩み寄ると、容赦ない言葉を浴びせる。

「姫殿下! 一国の姫君だと思い大目に見ていましたが、このようなことを起こされては、お迎えした我々の立場がありません」

「別に、困るようなことはありませんでしょ?」

「いいえ。この部屋は、精霊王で在らせられるリゼル様の肉体が眠っている大切な地。それをよそ者に土足で入られては、我らの歴史に泥を塗られたと一緒。このことは、本国にご連絡させていただきます」

「嫌ですわ。精霊精霊って」

「姫殿下は精霊の恐ろしさをご存知ないから、そのようなことを言えるのです。もしこのことで……」

 そう言われたところで、ファリスはレナの前から姿を消した。恐れをなして逃げたと思っているレナにとって、神官達の言葉は意味を持っていない。しかし、レナは知ることとなる。精霊の本当の恐ろしさを。

 その時、美しかった星空に雷雲が立ち込める。吹き荒れる風に木々が揺れ、雲の間に雷鳴が轟く。天からの裁きなのか、雷が神殿に直撃した。崩れる屋根。ガラガラと音をたて石が転がり、周囲の建造物を巻き込む。しかし、それは一回ではない。何度も、神殿に落雷した。


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あきゅろす。
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