短編集
其の6
「そのような訳でして、すみません」
「大切な場所なのに、鍵が掛かられていませんわ」
「ご安心下さい。強力な結界が張られていますので、立ち入りはできません。この結界を解けるのは、高位の神官のみです」
「わたくし、魔力には自信がありますの」
「残念ながら、魔力で解ける結界ではありません。詳しいことは存じませんが、特別な方法があるとか」
神聖とされている場所に鍵がないのは無用心だが、結界が張られているとなると迂闊に進入はできない。鍵は壊してしまえば最後だが、結界となると容易には解くことはできない。
それも、魔力に反応しないとなれば尚更。しかし、彼女にその言葉は無用。レナは結界が張られている扉を凝視すると、何やら怪しい考えが思い付く。だが、今それを実行しない。人目につく時間。迂闊な行動は、危険すぎた。それなら、行動を起こすのは夜がいい。レナは頭の中で何度もシュミレーションを繰り返し可能だと判断すると、不敵な笑みを作る。
「入れないのなら、仕方ないですわ。他の場所の案内をお願いします」
「は、はい。では、こちらに」
素直な、レナ。
またしても、レナのおいたがはじまるというのか。
セリスの胃に、軽い痛みが走った。
◇◆◇◆◇◆
その夜、レナは部屋を抜け出し立ち入りが禁止とされている部屋の前に向かう。しかし見習い巫女の話では結界が張られており、高位の神官以外は立ち入りができない。その時レナは“ハリセン”で、扉を軽く叩く。
バチ!
衝撃と共に、ハリセンが弾かれた。感電死の可能性は低いが、素手で触りでもしたら怪我をしてしまう。やはり入ることを諦めるべきか。だが、このようなことで諦めるレナではない。片手で握っていたハリセンを両手持ちに変えると、力任せに振り下ろす。「強行突破!」この言葉こそ、彼女に似合っていた。
バチバチバチ! ズゴーン!
最後に聞こえた、何かを破壊する音。それは、結界が破られた音であった。何とレナは、殴るという力で結界を解いてしまったのだ。なんという、原始的な方法か。この時点で「可憐な姫君」という言葉は、山の向こうへ飛んでしまう。そして一息溜息を漏らすと、重く頑丈な扉を開いた。
「……綺麗」
その瞬間、月明かりが優しくレナを照らし出す。吹き抜けの高い天井から漏れる月明かりが、何とも神秘的であった。石で造られた壁は鈍い光沢を放ち、冷たい印象を持てる空間である。
草を踏みしめる音。この部屋には、大地と草が存在していた。色とりどりに咲き乱れる花。それに、小さいながらも立派に成長をしている木。まるで、この一角だけをありのままの姿で残していた。
足が止まった。部屋の中心には、大理石で造られたと思われるプレートのようなものが置かれていた。生憎、刻まれている文字は読めない。レナが暮らしている国で使われている文字ではなく、これは古代語だった。それもこの地方独特の数千年前に使用されていた、神話の時代の文字。
視線を文字の一番下に移せば、一匹の獣が掘られていた。確かこれは竜という生き物。レナは竜を実際に見たことはないが、本の知識でこれが間違いなく竜だと判断できる。たしか、見習いの巫女が話した神話では竜が世界を創造した。だとすると、掘られている竜は創造主か。
いや、これは違う。創造主は二匹の竜。その二匹の竜が、精霊達の長になる存在を生み出した。
自らの姿に似せた白き竜を――
そう考えると、この竜は白竜。精霊達の長だ。
まさか墓ということはないだろう。白竜は、死んではいない。古い肉体を捨て、転生したという。ハリセンを握る手を後ろに回し周囲を眺めていると、何処からか女の子の声が聞こえてきた。
「神官以外の人間が此処にいるなんて、珍しいこともあるものね。どのような方法を使ったのかしら」
その声に驚き、レナはハリセンを構えながら周囲を見回す。すると空中に浮かんだ可愛らしい女の子が、此方を見詰めていた。
「見かけない顔。見習いってわけじゃないわよね。そんな豪華な服は、着ていないもの。それとも、お客様?」
満面の笑みを浮かべているのは、リゼル達が捜していたファリスだった。リゼルの気配が感じられないことをいいことに、ちゃっかり帰って来たようだ。そして夜の散歩中に、面白い人間を発見した。
「よくあの結界を破ったものだわ」
自力で結界を破ったのは、長い歴史の中でレナがはじめてであった。普通は高位の神官のみが唱えられる呪文が鍵となっており、力任せに破れる代物ではない。それをレナは、破ってしまった。それも、ハリセンと馬鹿力を掛け合わせて。故に、ファリスの興味が尽きない。
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