短編集
其の5

「レナ様。修行を積んだ神官でも難しいというのなら、我々は更に難しいことです。今回は、諦めて下さい」

 諭すように、説得していく。精霊とガチンコ勝負をしたら、どうなってしまうか。相手は、元素を司る精霊。人間が勝てるわけがない。みすみす負けるとわっている勝負を、どうしてやりたがるのか。

 改良された食虫植物に、バイオ生物。レナという少女の対戦相手は、何故か変わった生き物が多い。しかも、それら全てに勝利している。それも、お気に入りの装備品“ハリセン”ひとつで。

 ――何かが間違っている。

 セリスは、そのように思っていた。いや、そう思わなければ此方がおかしくなってしまう。可憐な姫君がハリセンで相手を殴り倒すなど、あってはならない。それに、異国で有名になるのも考え物だ。

「セリスがそのように言うなら、仕方がありませんわ。ところで、あの扉の先はなんですの?」

「あの先は、高位の神官以外立ち入り禁止となっております。ですので、申し訳ありませんがこの先は……」

「姫のわたくしでも、駄目なのですか?」

 何とも、大胆な発言だ。このような場所で“姫様パワー”を見せ付けるとは、空恐ろしい。セリスはレナに見えないようポケットから手帳を取り出すと、背を向けなにやら書きはじめる。

 所謂、これは“チクリ帳”という物であった。「何かあったら、報告せよ」というレオンの命令。レナの危険な行動や発言は、このように書き留めておく。そして、今後に備えるという。

「先程申したように、高位の神官以外は……」

「詰まらないですわ」

「レナ様。此処は、言うことを聞いた方が」

「仕方ありませんわ」

 渋々ながら、レナはその言葉に従うことにした。レナの発言にセリスは安堵の表情を浮かべるも、何処か不安が隠せないでいた。レナは、言葉と行動が比例しないからだ。言葉では了承していても、行動がそれに伴わないことが多い。そして見事に反比例し、セリスを困らせる。

「この扉の先には、一体何があるのですか?」

 滅多に質問をしないセリスが、珍しく疑問を投げ掛けていた。高位の神官のみが立ち入りを許可されているということは、この神殿の中で一番重要な部屋ということだろう。何かが祭られているとしたら、どんな精霊が祀られているのか……それが、気になってしまう。

「……お話しするぐらいは良いでしょう。この扉の先は、聖域なのです。この土地の神話はご存知ですか?」

「いえ、全く」

「では、神話の最初からお話いたします。この世界全ては、二匹の竜の力により誕生しました。

あらゆる元素を含め、多くの生き物がそうです。そして、精霊も同じです。二匹の竜は、精霊達にこの世界を見守るという役目を与えました。そしてその長たる者として、自らの姿に似せた一匹の白き竜を生み出しました」

「竜ですか」

「はい。異国では竜という存在には悪いイメージがあるようですが、この土地では違います。万物の創造主であり、神聖な生き物です。しかし過去、私達人間は愚かな行為をしました。

驕りから生まれた文明は自然のバランスを崩し、世界は崩壊の危機を迎えたのです。ですが人々が死を覚悟した時、白き竜が現れ世界を癒し大地に生きる生き物を助けてくれました。

ですが、白き竜は力を使い果たし大地に横たわってしまったそうです。それが、この扉の先です。故にその地を聖域と呼び、守り続けています。人間の罪を、忘れないように……」

「……そうでしたか。そのような重要な場所だとは知らずに、私達は……本当に申し訳ありません」

 悠久の時の流れの中、守り続けている場所。それを異国の人間に汚されたくないという思いは、嫌でもわかる。レブラーナにもそのような場所が存在する。それと同じことなのだ。

「わかって頂いたようで、何よりです」

「ところで、その竜はどうなったのです? まさか、お亡くなりに? そうでしたら、可哀想ですわ」

 沈黙を続けていたレナが、急に質問を投げ掛けてきた。聞いていないように思えたレナだったが、どうやらキチンと話を聞いていたようだ。興味を抱く内容、彼女は絶対に聞き漏らさない。

「いえ、死んではおりません。失った力を回復させる為、古き肉体を捨て別の生き物に転生したと聞いております。ですので、聖域は人の罪があると同時に、白き竜の肉体が眠っております」

 見習いの巫女の言葉に、珍しくレナが食い付こうとしない。いつもならもう少し食い付いているところであったが、今回は……セリスには、悪い予感があった。この場合、レナは危険な考えを持っている。しかし、それがどのようなものなのかはわからない。故に、顔が歪む。


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あきゅろす。
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