短編集
其の3
「レナ様、お疲れではなかったのですか?」
先程とは異なり、レナは元気であった。部屋の中をうろうろと歩き回り、何か良からぬことを考えているようだ。
「あの時はあのようにしなければ、長々と話が続いたでしょ。わたくし、そのようなのは詰まらなくて」
「申し訳ございません」
レナを置いて、神官長と長話。本来ならレナを中心にしなければいけないのに、その失態にセリスは肩を落とす。
「ところで、この都市はどのような場所なのかしら?」
「精霊信仰の中心都市と聞いておりますが」
「精霊?」
「はい。万物を司る、精神体の一種だと聞いておりますが。詳しいことは、神官にお聞きになると宜しいでしょう」
「面白い生き物ですわ」
“精霊”という生き物に興味を示したのか、レナの表情が変わる。その変化にセリスは、何かが起こると本能的に察した。それだけは、何としてでも避けねばならない。その時、扉がノックされる。その音にセリスは入るように告げると、入室してきたのはレナと同年代の少女。手には、ティーポットとカップが載せられたお盆。どうやら飲み物を運んできたようだ。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
カップに注がれる液体は、薄い緑色をしていた。漂う香りは、はじめて嗅ぐ香り。少女の話では、この都市で栽培されているハーブを煎じたものらしい。何でも、疲労回復に効果があるという。
「どうかしましたか?」
レナを見詰めている少女に、セリスは声を掛けた。その瞬間少女は赤面し、俯いてしまう。
「私、姫様という方を始めて見るものでして。も、申し訳ありません」
「わたくしは、気にしていませんわよ」
「貴女、お名前は?」
「シアと申します」
「では、シアさん。ひとつ、お願いがあります」
「は、はい」
真剣な目付きでそのように訊ねられ、シアの心臓は激しく鼓動する。そして動揺を抑えきれず、左右に視線を走らせた。それは無理難題を押し付けられるのではないかと、心配になってしまう。何故なら王族という存在は、自分勝手な生き物だとシアは思っていたからだ。
「この国は、精霊信仰が盛んだと聞きました。そのことについて、お話願えますか? 恥ずかしいことながら、この国のことはわかりません。急遽、訪れることが決まりまして……」
その背景に、レナの我儘が関係していたということは言うまでもない。“異文化を体験したい”というレナの意見。それにより、この国に訪問することとなった。表向きは、親善大使。
しかし裏を返せば、レナの好奇心を満たすもの。愛しの娘にせがまれては、ダメとは言えない父王レオン。渋々娘の願いを聞きいれ、訪問が実現した。旅立つ前の日、レオンはセリスを呼び「他国で、迷惑を起こさぬよう見張っておいてほしい」と、涙ながらに訴えられた。
“レナのおいた”の所為で、破壊された建物やらの修繕費の請求が、山のようにレブラーナ王国に送られてくる。故にレブラーナ王国の財政が圧迫されているとは、実の娘には言えなかった。
「それでしたら、後で説明がございます。その時に、お聞きになると宜しいでしょう。私は、この建物で雑用などをする身です。詳しい話は、することはできませんので。私は、これで失礼します。あまり遅くなると、怒られてしまいますから。ごゆっくり、お寛ぎください」
深々と一礼をすると、シアは逃げるように立ち去ってしまう。やはり王族が苦手というのが影響していたのだろう、石造りの廊下に足音が響き渡る。それに、断り方もそのような雰囲気が表れていた。
「レナ様、説明が……レナ様!」
一瞬にして、セリスの言葉が止まる。見れば、レナが荷物より“ハリセン”を取り出していたのだ。
「そ、そのような物を……い、いけません。この国で、それを使用しては。何か、問題を起こしましたら……」
「大丈夫ですわ。わたくしの腕前を信じなさい」
ブンブンと音をたて、ハリセンを振り回す。その衝撃波で、周囲の物を破壊しないかとセリスは心配になってしまう。だが、セリスの予感は的中した。レナの手から逃れたハリセンが、見事に棚の上に飾られていた花瓶に激突してしまう。そして花瓶は、見事に粉砕した。
「レナ様!」
「あら、わたくしとしたことが」
この一件が発覚したら、間違いなく母国に請求書が送られるだろう。この花瓶の値打ちは判断できないが、色柄と作りを見るからに相当高価な品物。そして、請求書第一号がここに誕生した。しかし請求書は、これだけでは済まされない。ハリセン姫――彼女は、破壊神だ。
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