短編集
其の2

「……居場所が特定しました」

「で、何処だ」

「人間界です」

「まさかと思っていたが、どうやら予想通りでした」

「ファリスが行きそうな場所といえば、其処しかないだろう」

 彼女は、無類の人間界好き。ファリスは風を司る精霊の長であると同時に、リゼルを護る立場に就く。彼女には重要な役目があるというのに、それを忘れ人間界に遊びに行くという悪い癖を持っていた。

「場所は、何処かな?」

「精霊信仰の中心都市、聖都ルシールです」

「なるほど、あそこか……」

 以前、リゼルは人間として旅をしていた。よって〈聖都ルシール〉がどのような場所か知っている。精霊信仰の発祥地であり、世界中から信者が集まる場所。賑やかで、石造りの建築が美しかった。

「ファリスの行動、読めません」

「それは、いつものことだよ。さて、迎えに行くか」

「主、自らですか?」

「何か嫌な予感がする。私が行った方が、連れ戻すには早い」

「では、我も共に。ジェド、お前は他の者に戻ってくるように伝えておけ。特に、シルリアには正確に」

 ジェドは、レスタが言おうとしていることは何となく理解できた。つまり、説教の準備をしておけということ。

「行くぞ」

 リゼルは外套を翻し、人間界へと繋がる通路に向かう。それに続くのは、影の存在のレスタ。その後ろ姿を見つめつつ、ジェドは冷や汗を流した。これからファリスの身に起こる、最大の不幸を心配して。


◇◆◇◆◇◆


 精霊界でそのような会話が繰り広げられていた数時間前、ファリスが遊びに行ったとされている〈聖都ルシール〉に、数台の馬車が到着した。その馬車を出迎えるのは、大勢の神官と巫女達。

 大げさと言える待遇。しかし、それは馬車に乗っている人物が関係していた。馬車から降りてきたのは、黄金色の髪と美しい顔立ちが印象的な可憐な少女。名は、レナ・シャルロット。異国の姫君。レナは周囲を見渡すと、気付かれないように溜息をつく。どうやら長旅に、疲れてしまったようだ。

「レナ様、顔色がすぐれませんが?」

 近くに控えていたレナの御付であるセリスが、そのように言葉を投げ掛けてきた。彼女は、レナを守る騎士。しかし、今は剣を所持していない。聖都ルシールは、精霊達に守護されている都市。武器という争いの種になる道具の所持と持ち込むことは、禁止されている。

「少し疲れましたわ」

「もう暫くの辛抱です。それまで、我慢して頂きます」

 いつになく厳しい口調のセリス。それは、レナの我儘に対してだ。好奇心旺盛な姫君、疲れたと言って何処かに行ってしまう可能性がある。ましてや此処は、レナの父親が治めるレブラーナ王国の土地ではない。もし行方不明にでもなったら、捜すのにどれだけ時間が掛かるか。

「わかりましたわ。セリスの言うことは聞きなさいと、アウグスタから口煩く言われていますもの」

「それを聞いて、安心しました。さあ、レナ様。此方に……神官長様がお待ちしていますので」

 視線の先には、神官長と呼ばれる人物が立っていた。小太りの五十代後半の男。一種の“肥えている”という言葉が似合う、そのような男。レナは内心「服が似合っていない」と思ったが、言葉には出さない。“他国で問題を起こすな”と、父王からキツク言われていた。

「これは、姫殿下。ようこそ、聖都ルシールに起こし下さいました」

「神官長殿、お世話になります」

「おお、貴女がセリス殿ですか。貴殿の噂は、此処ルシールまで聞こえてきていますぞ。女性ながらその剣の腕前は、並みの剣士を凌駕すると」

「い、いえ。私は、まだ……」

「またまた、ご謙遜を」

 笑う度に、二重顎が揺れる。その何とも愉快な光景に、レナは笑いを堪えるのが精一杯だった。今にも吹き出しそうなレナを見たセリスは危険と判断し、神官長の話を途中で中断させる。

「神官長殿。その話は、いずれまた。レナ様がお疲れのようなので、休める場所を用意して頂きたい」

「それはいけませんな。すぐに、部屋に案内を――」

「……申し訳ありません」

 巫女に案内された部屋は、シンプルで落ち着きがある造りの部屋であった。流石精霊信仰の中心都市。贅沢品が見当たらない。しかしよく見れば繊細な彫刻が施されている品物が多く、金や銀で装飾できない代わりに彫刻でそれを補っているのだろう。この国の職人の技術力に驚かされる。


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