短編集
其の1

 此処は、昼が存在しない世界。夜のみが支配をし、微かに光る星粒が夜空を照らす。精霊達が住まいし場所。それ以外の生き物の訪れを拒み、悠久の流れを刻む空間。精霊が生まれ消えていく、白き竜が創りし安住の地。この世界に、争いは存在しない。故に、平穏だ。

 水晶のような木々に囲まれた、象牙色の建物。その最上階のテラスに、リゼルは立っていた。遠くに見える精霊達の街を眺めつつ溜息をつき、苦悶の表情を浮かべていた。表立って感情を表さないリゼルにとって、その表情は珍しい。何かに困り果て、対策を練っている様子だ。

 リゼルの傍らに控えている黒いローブを纏った人物――レスタは、リゼルの様子に心配していた。

 先程より同じ行為を繰り返す、自身の主人。レスタは、リゼルを悩ます原因を知っている。しかし、原因が原因な為レスタ自身も非常に困っていた。それだけ、その人物は灰汁が強い。

「で、見つかったのか?」

「申し訳ありません。居所は、まだ……」

「最近大人しいと思っていたが、まさかこんなことをするとは」

 二人を悩ます原因とは“風の精霊であるファリスの無断外出”元来、風の精霊は自由奔放なところがある。ましてや、ファリスは風を司る精霊の長。その気質は他の精霊より高い。

「上に立つ者が、あのような性格でいいのでしょうか。我には、理解し難い行為を繰り返します」

「風の精霊に、何を言っても無駄なこと。そよぐ風のように一箇所に落ち着かず、時として荒々しい。そのような性格の集まりだ。あれはあれで、統率が取れているのだろう。そう思いたい」

「……そうでしょうか」

「各精霊の性格は、司る属性に影響されてしまう。それは、ファリスに限ったことではない。それぞれの属性の精霊を見ていれば、大まかな性格は理解できる。そう、お前もそうだ」

 レスタは闇を司る精霊。それ故に、感情はないに等しい。冷静で、淡々としている。声音に強弱もなく常に一定。ファリスから「何が楽しくて生きているのかしら?」と、言われるほど。

 しかし、主人であるリゼルの前では違った。彼のことを第一に考え、全てを置いて優先とする。そして、時には感情を爆発させることがあり、一瞬にして周囲を消滅させてしまう。そのようなことが関係し「レスタだけは怒らせてはいけない」と、周囲から言われている。

「今回は、その性格が悪い方向に働いた。人間に何かしていなければいいが。ファリスは興奮すると周囲が見えなくなる」

「その前に、何としてでも見つけ出しませんと」

「捕まえたら、シルリアに説教でもしてもらおう」

 ファリスの最大の恐怖。それは、水を司る精霊シルリアの説教。美しい外見とは裏腹に、一回の説教時間は約二時間。その間、休憩なし。終わるまで正座をさせられ、体力と精神のダブル疲労がお土産に付く。

「シルリアの説教で、効果があればいいのですが……しかし、毎回反省している素振りは見えません」

「なければ、私が説教をするよ」

 その瞬間、リゼルの瞳が怪しく光る。その普段見せない雰囲気に、レスタは戦く。リゼルの説教には言葉は不要。殺気を帯びた表情を見せるだけで、大半の精霊は泣いて謝る。唯一耐えられるといえば、レスタくらいだ。

「滅多なことではやらない」

「そうして頂けると、ありがたいです」

 流石のレスタも、リゼルの圧力は恐ろしい。殺気だけで相手を殺せるのではないかというほど、全身が震え上がる。シルリアの説教で大泣きするのだから、あれを体験したらどうなってしまうのか。

 口を開き、気絶してしまう。

 可哀想だが、それが現実だ。

 その時、草を踏み締める音が近付いてきた。リゼル達がいる場所には草は生えていないので建物の下。手摺の先から覗き込むように下を見ると、真紅の毛並みをした巨大な狼が、此方に向かって走ってくる。

 あの狼は、炎を司る精霊ジェド。本来の姿に戻っているということは、何かあったのだろう。ジェドは建物の下まで来ると大きく跳躍する。所々にある屋根の上でさらに跳躍を繰り返すと、二人がいるテラスに着地した。流石、美しい狼。その動きひとつひとつに、無駄が無い。

「相変わらず、見事だね」

 空中に紅の軌跡を生み出しつつ、華麗な跳躍を見せるジェドに、リゼルは正直な感想を述べる。その言葉に頭を垂れると、深紅の髪と赤を基調とした服を纏う十代後半の少年の姿へ戻る。

「見つかったのか?」

 鋭い口調でジェドに問うのは、レスタであった。ジェドをはじめ、他の精霊達はファリス探索に赴いていた。このようにジェドが帰ってきたということは、見付かったということだ。しかし、徐々にジェドの顔色が悪くなっていく。見付かった場所が悪かったのか、なかなか話そうとしない。


[前へ][次へ]

2/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!