短編集
其の4

 真実とは、時としてどす黒いもの。嗚呼“違う”と、叫びたい。本当は私が創ったのだと、声を上げたい。お前達を創造したのは、この私だ。空も大地も、川や林も。全部を――

 ふと、笑い声が聞こえてくる。神話まで奪ったことに対し優越感に浸った、人を嘲笑うかのような。睨み付けるかの如く、青空の中に浮かぶ太陽を見つめる。眩しく光、神々しいまでの姿。

「私は、此処にいる」

 果たして二人は、私が助け出されたことを知っているのか。太陽と月に化身をし、意識を留めているとは思えない。眠りに付いたのか、それとも――私が地上にいると知ったら、何と思うだろう。

 ――関係ないことだ。

 今の地位に満足しているのだから、無用な行動は起こさない。それに、私もこのままでいい。彼等との生活、あれはあれでなかなか乙なもの。退屈は、していない。寧ろ、有難いと思っている。暗く寂しい空間に独りでいた時に感じられなかった、温もりが其処はある。

「これでいて、感謝はしています」

 閉じ込められていなかったら、彼等とは違う関係を築いていた。そして己が創り出し世界を見守り、悠久の時間を過ごしていた。死ぬことも老いることもない、この身体と共に――

 其方の方が、数倍辛い。人間に祈りを捧げられても、話し相手となる人物は何処にも存在しない。ただ一方的な願いを受け入れ、それぞれに似合った奇跡を起こしていく。何と空しいことか。

「……可哀相に」

 神殿の陰になり、日が射さない場所。其処に、頭を垂れた草花が生えていた。緑色の葉は茶色に枯れ、日照不足によるものだと判断できる。聖都ルシールは綺麗に整地されている為、このような場所に植物が生える可能性は低い。どこからか、種が飛んできたのだろう。

 しゃがみ込み、花に触れる。枯れかけているが、死んではいない。場所を変えれば、元気を取り戻すだろう。そっと大地に手を乗せると、小声で呟く。根を傷つけずに、この場所から助け出す。

「さて、何処に植え替えるか……」

 包み込む形で、大地から切り離す。根は、傷つけられることなく掌に納まる。植物を大地より移動する時、ひとつ気をつけないといけない。万能なる力は、小さい生き物にとっては負担が大きい。特に、このように枯れている植物なら尚更だ。手入れが行き届いている花壇に、植える手もある。しかし種類が違う花など植わっていたら、抜かれる可能性も高い。

 この花は、意図的に植えられた花ではなく自然の花。つまり人間にとっては、雑草のようなもの。

 同じ花を並べ手入れされた花も美しい。だが、花とは本来自然の中で咲く植物。私は、そちらの方は美しいと思う。だから、この花も抜かれることのない安全な場所で生き続けてほしい。

 それなら、街外れしかない。あそこなら、抜かれる心配もないだろう。街外れに向かう途中様々な花を見るが、どれもこの花と同じものはない。やはり、ルシールの外から飛んできたようだ。

「此処なら、大丈夫かな」

 ルシールの一番端。滅多に人が訪れることのない、寂しい場所。だが、日差しは十分にあった。此処なら、この花も立派に成長をするだろう。そっと地面の上に置くと、私は呪文を唱えていく。すると見る見るうちに根が地面に吸い込まれていき、新しい居場所を確保する。

 枯れた花の上に手を翳すと、世界を癒した時に使った力と同等の力を使う。このくらいのことは造作無い。すると、枯れていた花が甦る。綺麗なピンク色の花は首を上げ、太陽に向かい花びらを開く。

「さて、私の役目はここまで。後は、自分の力で元気に」

 跪いていた体勢から立ち上がろうとした時、後方から人の気配がした。このような場所に一体誰が――反射的に振り返るとその者を確認する。すると其処には、一人の老人が立っていた。

「不思議な気配を感じ取ったので、訪れてみれば……気の所為だったのか。気配が、消えてしまった」

「貴方は?」

「其処に、誰かいるのかね? 何分目が悪くて、できたら近くに来てもらえると助かるのだが」

 言われたように、老人の近くまで歩み寄る。皺が目立つ手を握ると、私という存在がいることを教えた。

「おや? 随分若い人のようだが、御幾つかね?」

「十五になります」

「見ればこの街の者ではないようだが、観光かね?」

「よくおわかりで」

「この地方で、青色の髪は珍しい。出身は、北の方か」

 この老人は、伊達に歳は取っていない。鋭い洞察力、普通の人間以上の何かを持っている雰囲気だ。それによく見れば、纏っている服は神官が着ている物と同じ。ただ、色が違う。それなら、この老人の立場は一体。少々、この老人に興味が湧く。何より、おもしろい。


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あきゅろす。
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