短編集
其の3

 あの時は、恥ずかしいという感情を持っていなかった。その為、ストレートで物事を言ってしまう。時として、それが相手を傷付けてしまうとは。私は、ナターシャを水の中に投げ入れる。リゼルに捧げる花であっても、いつまでも持っているわけにはいかない。それに、人間からの貢物は受け取らない主義だ。受け取ってしまえば、平等とはいかなくなってしまう。

 水面に浮かぶナターシャ。花と同じ名前の女性が、自分の為に作ってくれた。貰うわけにはいかないが、その心だけは頂く。そうでなければ、彼女の努力が報われない。花は手折るものではなく、咲き乱れている姿を愛でる物。そして、花が花として懸命に生きている姿こそ美しい。




 次に、シルリアの神殿の横に建てられた建物の中に入っていく。先程とは違い、少し暖かい。赤々と燃える炎が灯されていた。微風に揺れる炎。それと合わさるように、祈る人々の影を揺らす。

 此処は〈炎の精霊ジェド〉を祀る神殿。炎をその身に纏った、気高き狼。燃える炎の如く荒々しく、時として悪しき者を焼き尽くす。彼の炎は浄化の力を持ち、全てを無に返す力を持つ。

 特に、鍛冶師などが崇めている精霊。また浄化の力を持つことから産まれたばかりの子供の災い避けとして、ジェドを表す炎の印を縫い合わせた布を玄関に飾るという風習があるという。

 現に、私の両親も同じことをしていた。産まれたばかりの子供は、様々な災い対して抵抗できない。故に、ジェドの力で子供を守る。いつの時代から行われてきた風習かわからないが、子供を守りたいという親の気持ちはいつの時代も同じ。そして両親は、何をしているのか。

 人間界に来ることがあっても、二度と姿を見せないと誓った。自分は人間に転生したといっても、外見上が人間であって中身は違う。この世界を創造した竜。それが、私の正体だ。

 住むべき世界は此処ではなく、精霊達が住まいし場所。永遠に昼が訪れることのない、漆黒の闇が包む空間。星の明かりと木々の光が、静かな闇を照らす。其処で生き続け、人間界の行く末を見守る。時として間違った道を修正し、正しい方向に導く。たとえ、この身を失うことになろうとも――

 しかし、再び訪れた時――

 皆の感情は、高ぶってしまう。人間が行った、非道に等しい行動に対し。しかし、今でも危ういバランスの上に成り立っている両者。どちらかの一方が崩れてしまえば、確実に相手を巻き込んでしまう。だからこそ精霊達が支えていかなければ、この世界は成り立たない。

 過去に学ぶことのできない人間は、滅んでしまうべきだ。踵を返し、祈る人々を横目で見つつ神殿の出入り口まで歩いていく。石の床に足音が響く。規則正しく、決して乱れることのない音。神殿から出た瞬間、降り注ぐ日差しに眩しさを覚え思わず手で日差しを遮る。

 清々しい青空。絶好の参拝日和だ。此処に来た人達は、何を祈っているか。日々の安らぎ、それとも富と名声。人の数だけ、祈りは異なる。全てを受け入れることはできない。万能の力を持っていようとも、物事に限度というものが存在する。それに、精霊達が許さない。

「もたもたしないで、急ぎなさい」

 子供を急かす親の姿。それと同時に、一気に人の流れが変わった。どうやら、神官達の話がはじまるようだ。語り継がれる神話は、いかなるものか。そして彼等が古き時代から伝わる神話をどう語るのか……その内容は、わかっている。

 ――世界は、二匹の竜が誕生させた。

 語り継がれる神話は、この言葉からはじまる。二匹の竜とは、私の姉と兄だ。しかし結論から言うと、あの二人は何もしていない。ただ、自分達が望むような世界を創れと命じただけ。

 そう、私に――

 我等の創造主は、姉と兄に創造の力は与えなかった。それは、その傲慢なる性格では正しい世界を生み出すことは不可能と判断したのだろう。プライドが高く、そして野心家。それでいて、貪欲に物を欲した。

 故に私から力を奪い、閉じ込めた。手出しができないよう、空間の狭間に。そんな姉と兄であっても、私は信じていた。しかし裏切られたと知った時、涙が毀れた。自分は一体何を信じていたのだと。思い出す度に響くのは、二人の笑い声。狂ったような笑みに、勝ち誇った笑い。

 ――私は、争いを望んでいない。二人が化身することを望んでいると知っていたら、それを譲っていた。

 しかし、私の存在を認めていない。その力に、二人は嫉妬していた。だけど私は、世界を創造したということで満足していた。それに太陽と月に化身をするのは、姉と兄が相応しいと考えていた。しかし、それが嫌だったのか。哀れみのように思えて。だが、哀れみとは思っていない。寧ろ、そのような感情は無かった。何ゆえ、姉と兄を哀れみないといけない。

 あの二人なら、好きなようにできたはず。私に構わずとも、同種の存在なのだから。しかし逆に、恨みを持ったことがある。力を奪い、闇の世界に閉じ込めたということを。一方的な感情をぶつけられ、二人の身勝手さに人生を狂わされた。今は昼と夜の世界を照らし、創造神として語り継がれている。大勢の人間がそれを信じ、正しいことだと思っている。


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