短編集
其の2
「お兄ちゃんの髪は、銀色だよ」
「嘘はいけません。お兄ちゃんの髪の色は、青でしょ?」
「本当だもん」
子供の感性は豊かで、心が汚れていない。その為、真実を見抜くことができる。魔法で変化させた髪の色。本来の色は青ではなく、少年が言うように銀。しかし、その色で人間の世界は歩けない。
「申し訳ありません」
「……いえ」
「ほら、お兄ちゃんに謝りなさい。銀色の髪を持つ人間など、いないのですよ。もし銀色の髪を持つ方がいるのなら、その方こそ精霊の王。それに神官様のお話では、リゼル様はかなりのお歳の方よ」
その言葉に、顔が歪んでしまう。人間達の間では、そのように思われていたとは……滅多に人間の前に姿を見せないのが主な理由だが、このようなことで姿を見せるわけにもいかない。
「ご、御免なさい」
少年が、頭を下げてきた。しかし表情は、納得がいかない様子。それは、当たり前だ。少年が見ている姿こそ私の本当の姿で、間違ってはいない。ただ、普通の人間より感性が強すぎた。
「別に、気にはしていません」
「そう言って頂けると、助かります。この子は昔から“リゼル様に会いたい”と、言っておりまして。会うのは無理だと、わかってもらいたいものですが……あら、初対面なのに御免なさい」
「御構い無く。君は、精霊が好きなのかな?」
「うん。好きだよ。だから、ルシールに連れてきてもらったんだ。神官様から、沢山のお話を聞くんだよ」
少年は瞳を輝かせながら、精霊に付いて語り出す。そして、将来神官になりたいと言い出す。しかし母親は、それに反対していた。一時期の好奇心で、将来を決めてもらいたくないという。
「僕は、なるからね」
「神官になる為の修行は、厳しいみたいだよ。それに、神官になったとしても会えるとは限らない」
「でも、頑張れば会えるんだ」
人間界に、定期的に行くことはない。今回は、特別の理由で訪れた。故にその“理由”が存在していなければ訪れはしない。それに、心配する者は多い。彼等に迷惑を掛ける行動は、慎むべき。会いたいと望まれるのは、嬉しい。だが、少年の夢を叶えてあげられるほど、自由はない。
「そうよ。貴方には無理よ」
「やりもしないで、無理だと決め付けてほしくないな。僕は先に行くから、お母さんも早くね」
「こ、こら! はあ、本当に申し訳ありません」
「元気な子ですね」
「元気すぎて、困っております。それでは、私はこれで。息子が心配ですので、失礼します」
深々と一礼を残し、母親は息子が消えた方向に走っていく。少年の神官になりたいという気持ちは、大切にしたい。少年のように生まれながら精霊を見ることができる者が、少ないからだ。
精霊を見れる者、見れない者。神官を目指す者の出発点は様々。神殿に入り何を知り何を学ぶかによって、今後の人生が大きく変わる。願わくば、彼の心が今と同じあるように思う。
◇◆◇◆◇◆
大通りを抜け、神殿が建ち並ぶ区域に入る。それと同時に人の数も増え、歩きづらい。巨大な噴水が、天高く水を押し上げている。きらきらと飛び散るしぶきに光が反射をし、小さな虹が生まれていた。
私は、神殿の中を見て回ることにする。建物は外装も内装も石で造られている為、神殿の中に入った瞬間、冷たい空気が肌に触れる。いや、それだけではない。神殿の中に、水が流れていた。
透き通った水。それは、神殿の中心に祀られている像を象徴していた。〈水の精霊シルリア〉この神殿に祀られている精霊の名前。長く髪を腰まで伸ばした、精霊の中で一番美しい存在。外見は人魚のような姿で、髪から覗く二本の角が印象的。胸の前で手を交差させ、慈しみの表情を浮かべている。
彼女の力は、この世界の水を司る。湖や川をはじめ、大海原も彼女の力が及ぶ。よって、漁師や航海士の間で崇められている精霊だ。また、雨は大地を潤す。故に、豊穣を願う時にシルリアに祈りを捧げる。
暫くシルリアの像を眺めていると、昔の出来事を思い出した。はじめてシルリアの本来の姿を見た時、無意識に発した言葉だ。
――綺麗だね。
強い絆が存在していない頃、シルリアの姿を見た瞬間、正直な気持ちが言葉となり外へと出た。勿論、シルリアは赤面した。今思えば、何と恥ずかしいことを口にしたものか。感情の欠落の所為だったと思いたい。流石に、今は言えない。恥ずかしすぎて、こちらが赤面してしまう。
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