短編集
其の7

「ファリスが可哀相です」


「日頃の行いが、悪いから仕方がない。そう、たまには……たまには、このくらいしないと」

 その瞬間、部屋の中に不気味な笑い声が響き渡る。その声に、床に倒れているファリス以外の精霊の時間を止めた。リゼルの正確は、基本的に温厚。そのような人物がこのような笑い方をするとは、何かが起こる前触れ。その為、自身の身に危険が及ばないように身構える。

「今頃、何をしているのか。姉さんと兄さんのことだから、元気にしているのか……殺しても死なないし」

 溜息と同時に発した言葉は、身内の心配。しかしリゼルは、身内の心配はしない。あの二人を気に掛けることは、絶対にない。リゼルは抱き締めていたストルを開放すると立ち上がり、テラスに向かう。

「あの時は油断したけど、勝負をしたら必ず勝つ! 本気で戦い、あの二人を消滅させてやる」

 刹那、握り拳を作り天高く宣言した。宣戦布告に等しい発言であったが、その姿は神々しい。これもリゼルという存在が発するオーラがそうさせているのか、このままでは人間界や精霊界が破壊してしまう。

 “竜三匹のガチンコ対決”見たいようで恐ろしい。仮にも相手は、世界を創造したリゼルの姉と兄。力では劣っているが、地上最強の生物。しかし、その姉と兄は太陽と月に化身している。戦おうとも戦えない。

「マ、マスター。それは……」

 リゼルの大胆発言に、シルリアが物申す。対決が可能であったとしても、戦ってはいけない。そのようなことをしたら自然のバランスが崩れてしまい、何より世界を創った創造主が世界を壊してはいけない。

「冗談に決まっている」

「……そ、そうでしたか」

 その言葉を聞いて、シルリアはホッと胸を撫で下ろす。酒の勢いで喧嘩をはじめてしまったら、止められる者は誰もいない。酔っていても、多少の理性は残っている。しかし、理性を残していなかったら――

 するとその時、意識が半分飛んでいたレスタが復活を果した。しかし、先程の記憶は残っていない。

「はっ! わ、我は」

 慌てて周囲を見回し、状況を確認していく。すると、床に倒れ泣いているファリスの姿が目に入った。しかしそれを見ても、特に驚く素振りはない。この状況をいつものように受け止め、冷たい言葉を投げ掛けている。その姿は、ファリスを見下すという言葉が等しい。

「何をしているのだ」

「……アタシのこと嫌いだって」

「誰がそのようなことを」

「……リゼル様」

「あ、主がそのようなことを」

 ファリスの言っていることが、信じられなかった。温厚なリゼルが精霊に対して「嫌い」と言うことはない。だが、先程“煩い”と“黙れ”と、言われた。それにいくら迷惑を掛けるファリスであっても、このような状況で嘘をつくとは思えない。だとすると、強ち嘘ではない。

「主、ファリスに嫌いと仰ったようで」

「嫌いなものを嫌いといって、何が悪い」

「で、ですが……」

 自己中心的な発言に、言葉が詰まる。いつものリゼルなら、決してこのようなことは言わない。アルコールの影響と思われるが、かなり酒癖が悪い。溜まりに溜まったストレスの影響だが、言われる側にしてみたらこれほど苦痛はない。言葉だけならまだいい。リゼルという存在自体が恐怖の対象だ。

「あ、主……」

 レスタはそれ以上言葉が見付からず、珍しく仲間に助けを求めた。横に立つシルリアを一瞥。しかし、苦笑いをするだけで答えは貰えず。続いて、後ろに立つ三人は――残念ながら視線を外されてしまう。どうやら、自分で何とかするしかない。だが、相手はリゼル。勝てる見込みなどない。

「我が思うには……」

「小言なら結構だ」

「いえ、小言では」

「……レスタ、しつこい」

 その一言に、何かが崩れたような音が聞こえた。冷たい風が吹きぬけ、一瞬にして全身が凍り付く。“煩い”と言われた時とは違い、身体の中心から一気に固まっていく。どうやら今の一言が決定的な一撃を与えたらしく、フラフラと身体を左右に揺らし部屋から出て行ってしまう。

 扉が閉まると同時に、長い沈黙が続く。聞こえてくるのはファリスのすすり泣く声。誰も言葉を発しない。あのレスタがここまでへこむとは、思いもしなかったからだ。やはりリゼルの一言は強力だ。

 その時“ドスン”という何か重いものが、倒れる音がした。見れば、リゼルがぶっ倒れてしまっている。酔いのピークに達してしまったのか、苦痛の表情を浮かべ唸り声を上げていた。顔の色は、青白い。それに吐き気が込み上げてきているのか、胸元を押さえている。


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