短編集
其の6

「遅かったか」

「ファリス! 貴女、何てことを――」

 詰め寄ってくるレスタとシルリアに、思いっきり頭を振った。しかし、床に落ちたグラスが何よりの証拠。それに五人が入ってくる前は、この部屋にはリゼルとファリスしかいない。

「別に、飲ませるくらい……」

「貴女の場合は、飲ませ方に問題があるのよ」

「同意なしに、飲ませたのだろう」

「そ、そんなことない……ですよね?」

 苦しい笑みを浮かべつつ、ファリスはリゼルに答えを求める。しかし、返事はない。相変わらず下を向き、押し黙っていた。

「……リ、リゼル様?」

「……煩い」

 微かに発せられた言葉に、ファリスを含めレスタとシルリアが凍り付く。一方、声が聞こえなかったジェドとストル。そしてグラウコスは小首を傾げ、顔から血の気が引く三人を見ていた。

「今、何と?」

「煩いと言ったんだ」

 顔を上げたリゼルは、完全に目が据わっていた。その見たこともないリゼルに、ファリスはか細い悲鳴を上げる。

「主、大丈夫ですか?」

 リゼルの変貌に、レスタは動揺する。恐る恐る手を伸ばそうとしたが、凄みが効いた睨みに伸ばした手が止まってしまう。暫く硬直し動かない。やっとの思いで手を引っ込めると、言葉を発した。

「……酔っているようでしたら」

「黙れ」

 その一言は、レスタを黙らせるには十分だった。絶大なる信頼を得ていると思っていたレスタにとって、衝撃的ともいえる言葉。言われた言葉が頭の中で響き渡り、身体を硬直する。

「……ストルはいるのか?」

「は、はい」

「呼んでもらえるか」

 何ゆえストルに用があるとはわからなかったが、リゼルからの命令ということで連れて来るしかない。シルリアは状況が掴めないでいるストルをリゼルの前に連れて行くと、目の前に立たせる。刹那、ファリスの甲高い悲鳴が響く。いや、その悲鳴にはファリス以外のものも含まれていた。

「……可愛いよな。妹が欲しかったよ」

 何とリゼルが、ストルを抱き締めたのだ。その光景に、誰もが固まる。無論、抱き締められているストルも同じ。無論、ファリスはリゼルに抗議した。しかし、リゼルは聞いてはくれない。

「な、何でストルなんですか!」

「妹に最高だ」

「妹なら、外見年齢が同じのアタシが」

「ファリスは、お転婆だ。やはり、大人しい子がいい」

 その言葉に反論できない。確かにストルは落ち着きがあり、礼儀正しい。ファリスとは正反対の性格の持ち主で、リゼルが妹にしたいと言い出すのもわからないわけでもない。しかし、外見年齢が同じというのが気に入らない。

 抱き締められ頭を撫でられるストルは、嫌な素振りも見せず寧ろ喜んでいる。その可愛らしい反応に、ますますリゼルの機嫌が良くなる。このまま行くと、本気で妹にしそうな勢いだ。

「むぎー! ストルだけズルイ!」

 口をへの字に曲げ、溜まっていた怒りを爆発させる。酒が飲めないと思ったらレスタに殴られ、挙句の果てにはストルがリゼルに抱き締められている。これ以上、腹立たしいことはない。

「静かにしろ」

 ファリスの額に、手刀が刺さる。それは、堪り兼ねたリゼルが殴ったもの。絶対に精霊を殴らないリゼルの攻撃に、ファリスが石のように固まる。相当ショックなのか、涙ぐんでいた。

「煩い奴は嫌いだ」

 その言葉に、ファリスは背中から床に倒れてしまう。そして「嫌い」という言葉を何度も呟くと、シクシクと泣き出した。酒の影響で本音が出たのか、リゼルから発せられた言葉には容赦がない。

「泣く奴も嫌いだな」

 日頃、溜まりに溜まったものがアルコールの力を借りて表に表れた。つまりリゼルは怒ることはせず、全て内に溜め込んでしまう。溜まったものは、数十年どころではなく数百年。よって、言葉に刺があるのは仕方がない。

「あ、あの……」

「どうした?」

 ファリスの可哀想な姿に、ストルが口を開く。流石に「妹にしたい」と言っているだけあって、リゼルはストルの言うことは素直に聞き入れる。このまま何事もなく酔いが醒めればいいと思うシルリアであったが、現実は決して甘いものではない。何よりリゼルは、酒癖が悪すぎた。


[前へ][次へ]

7/11ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!