短編集
其の5
「ファリスは、此方に来たか」
レスタの声音には、怒りが含まれている。苛立っているらしく、冷たい気配がジェドの全身に突き刺さる。此処で下手なことを答えたら、間違いなく殺されてしまう。そう判断したジェドは、素直に答えた。
「かなりのスピードで、廊下を走っていったけど」
「まったく、本気で飲ませる気なのか」
「誰に?」
「主に決まっておるだろう」
「うわー、勇気あるね」
ファリスの行動力に、ジェドは唖然となってしまう。リゼルに酒を飲ませようとは、普通は思いもしない。多分、無理矢理飲ませる気か。怒らなければ良いと思うが、これだけはリゼルの気持ち次第。
「何としても止めないと」
「僕も行きます!」
「全員で行った方が宜しいかも」
シルリアの意見としては何かがあった場合、全員で取り押さえようという作戦らしい。身軽なファリス。一人・二人で取り押さえようとしても、簡単に逃げてしまう。それなら五人で取り押さえれば、逃げ出すのは不可能だ。
「うむ。それでいこう」
「じゃあ、二人を呼んできます」
ジェドが部屋に戻って数十秒後。中で、ガタガタと物凄い音が響く。どうやら火の始末と最低限の後始末をしているようだ。暫くの後、三人が部屋から出てくる。そして互いに視線を合わせると、大きく頷く。
「さあ、行くぞ」
ファリスを捕まえる為に一致団結をした彼等に、向かうところ敵なし。たとえそれが神出鬼没のファリスであろうとも。
一方リゼルの部屋に到着したファリスは、ノックもせずに扉を開ける。これも性格が関係しているのか、年長者に対しての敬意は全くなし。レスタやシルリアの私室だったら、間違いなく怒られていた。
「リゼル様、いますか?」
ゆっくりとした足取りで、部屋の中へと入っていく。すると椅子に深々と腰掛け、此方に背を向けているリゼルの姿が視線に飛び込んできた。どうやら読書に集中しているらしく、ファリスの声は届いていない。それならとファリスは、リゼルの側へと行くことにした。
「リゼル様?」
「……うん? ファリスか。どうした?」
いきなりのファリスの登場であったとしても、リゼルは驚く素振りも見せない。これも、ファリスの性格を知り尽くしているからだろう。読んでいた本を閉じると、訪れた理由を訊ねた。
「お酒を持ってきました。どうぞ飲んでください」
「いや、私は……」
「飲めないんですか?」
「そういう訳ではない」
飲めないというより、アルコールの香りが苦手だった。嗅いだだけで良い気分になり、意識が半分持っていかれてしまう。それを知らないファリスは酒瓶の蓋を開けると、リゼルの目の前に差し出す。
「なら、グイっといきましょう」
「確かこの酒は、アルコール度数が高かったと思ったが」
「そうでした。水で割らないと」
危うく度数85%の酒を、割らずに飲ませるところであった。ファリスは辺りを見回し水差しを発見すると、その水で酒を割ることにする。グラスに酒を注ぎ、続いて水を注いでいく。しかしファリスは、酒の割り方を知らない。ついつい酒の量を増やしてしまい、水は少なかった。
「どうぞ」
差し出されたグラスの中の液体は、どう見てもかなり濃い。本当に水で割ったのかどうか、怪しいほどであった。しかし受け取らないわけにもいかず、渋々ながらグラスを受け取った。
満面の笑みを浮かべながら、ファリスはリゼルが飲むのを待つ。漂うアルコールの香りに軽く意識を失いそうになってしまうが、リゼルは一口口に含むことにした。その瞬間、苦い液体に表情が歪む。思わず吐き出したくなるが、ファリスの熱い視線に吐き出すことができない。
「美味しいですか?」
何とか全部を飲み干す。吐き出される息が、アルコール臭い。徐々にアルコールが全身に回っていく感じがし、意識が朦朧としていく。そして飲み終えたグラスをファリスに渡すと、下を向いてしまう。
「あ、あれ? リゼル様」
その時、扉が乱暴に開かれた。血相を変えて入ってきたのは、五人の精霊達。珍しく勢ぞろいした仲間達に、ファリスは戦き後退していく。と同時に、リゼルから手渡されたグラスが床に落ちる。それは割れることはしなかったが、鈍い音が響く。逆にその音が、ことの重大性を伝えた。
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