短編集
其の3

 それだけ食べて太らないというのは、精霊の神秘というべきで、人間が聞いたら羨ましだろう。

「では、ごゆっくり」

 ごゆっくりという言葉の意味は、多くの意味が含まれていた。多分、ファリスへの説教もごゆっくりというのがこの場合は正しい。ストルが立ち去った後、部屋にいるのは、ファリスにシルリアにレスタ。ファリスはこっそり逃げ出そうと試みるも、襟首を掴まれ逃げ出せない。

「何処に行く」

「手伝いに行こうかなーって思ったの」

「行けば、邪魔になる。料理など、できないというのに。迷惑を掛けに、行くようなものだ」

 本来、精霊は食事をしない。そもそも、食事から栄養と取るという非効率的なことは行わないのだ。自然の元素そのものが彼等の力の源。それ故、料理ができないのは普通に当たる。

 栄養を取る必要はないが、飲食は行う。つまり、食事という行為が一種のコミュニケーション。楽しく喋りながらの、人間にしてみたら午後のお茶会。勿論、食べたものは消化される。

「精霊なのに、料理ができるほうが変だよ」

「趣味だと言っていたわね」

 日々変化する人間界とは違い、精霊界は常に一定。何か大事が起こるということもなく、平和な毎日が続く。それにより、個々の精霊は個人的な趣味を持っている。一部の下級精霊が酒造りに勤しむように、彼等にも趣味を持っていた。

 シルリアは、裁縫が得意。服や小物などを作っては、様々な精霊に渡している。先程まで居たストルの洋服も、実はシルリアのお手製。「小さい子の服は、作るのが楽しい」そう言っては、寸法を測り作成をしている。

 ストルの趣味は園芸。渋い趣味であったが、腕前はかなりのもの。様々な花を同時に栽培しては、どれも成功をしている。品種改良の結果、か細い光でも元気に成長する花を作り出すなど侮りがたい。

 そして、レスタの趣味は絵を描くこと。最近は筆を執っていないようだが、数枚仕上がった絵が残されている。その腕前はプロ級。過去、シルリアも一枚描いてもらい部屋に飾ってあるという。

 絵を描かなくなった理由は様々。その要因は、仕事が忙しい。ひとつの個に対し深く感情移入できないリゼルに代わり、精霊達の統率と人間界の動きの把握などその仕事多かった。レスタを抜いて、趣味を持っていないのはファリスのみ。彼女の性格上ひとつの趣味を継続して行うのは、無理に等しい。だからといって、周囲に迷惑を掛けていいものではない。

 だが、ファリスは迷惑を掛けている。そして更に暴れてシルリアを怒らせるという、悪循環を生む。

「趣味だと言っても、料理はないでしょ?」

「趣味を持たない貴女よりは、数倍マシだとは思うけど。本当に、上級の精霊とは思えないわ」

「うっ! 痛い」

「ひとつぐらい、集中できる趣味を持ちなさい」

「だって、長続きしないもん」

 風の属性上、性格は自由奔放。ひとつのことに集中できず、楽しければ何でもいい。その性格が影響してか、トラブルを起こすのは毎回ファリス。それに対してリゼルは何も言わないが、内心どのように思っているのかわからない。案外、顔に出さないだけで怒っている可能性が高い。

「でも、料理は嫌よ」

「誰も“料理をしろ”とは言っていない」

「そ、それなら良かった」

「本当に、料理は嫌いなようね」

「当たり前! 細かい作業は、苦手だもん」

 料理は、味付けが全ての鍵を握っている。微妙なさじ加減が味を左右し、美味い不味いが決まってくる。そのさじ加減が、ファリスは苦手だったりする。大雑把な性格な為に、分量を量ったことは一度としてない。それにより料理を作ったとしても、その味は殺人級だ。

「私が、お裁縫を教えましょうか?」

「え、遠慮しておきます」

「残念だわ」

 微かに見せた笑みには「ファリスを鍛えられなくて」という雰囲気が滲み出ていた。それを本能的に察知したファリスは、間髪をいれずに断る。シルリアに習い事など、恐ろしくて習えるものではない。

「ね、ねえ。この宴会、精霊だけなの?」

「どういう意味だ?」

「リゼル様を呼ばないのかってこと」

「そのことか。今回は、我々で楽しめということだ」

「なーんだ、つまらない。呼ぼうよ」

 ファリスはレスタの袖を掴むと、思いっきり引っ張る。何ゆえそれほど呼びたいのか理解できないレスタは、袖を掴む腕を叩くと強制的に黙らせた。頭の次に叩かれたのは、両腕。二回連続の攻撃にファリスは、ご機嫌斜めになってしまう。そして頬を膨らまし、抗議した。


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