短編集
其の1

 此処は、薄暗い室内。大きく開かれた窓から外気を取り入れ、部屋の中の空気を常に新鮮に保つ。その室内に置かれた寝台に横たわるのは、白銀の髪が美しい少年。枕に顔を埋め苦しそうに呻き声を発している姿は情けないが、彼が精霊達の王だというのは誰もが知っている。

 その時、扉が叩かれた。それと同時に扉が開き、リゼルと同年代の赤髪の少年が入って来た。手には、水が入った桶にタオル。中身を溢さないようにゆっくりと寝台の側まで行くと、サイドテーブルに置く。

「ご気分はどうですか?」

「……大丈夫だ」

 赤髪の少年ジェドはタオルを濡らすと、それをリゼルに手渡す。一方リゼルはうつ伏せの身体を仰向けに直し、額の上にタオルを乗せた。そして大きく息を吸うと、一気に吐き出す。

「心配しているのか?」

「レスタが、へこんでいます」

「覚えてはいないが、何か悪いことを言ったような気がする。あのレスタが、へこんでいるのだから」

「あの一言は、レスタにとって衝撃的でした。レスタはリゼル様に対しての忠誠心は、並々ならぬものがありますから」

 その属性の通り、彼は常に影のように付きまとう。主であるリゼルを守るという使命と、他の精霊を統括するという重要な立場。リゼルも彼を心から信頼しており、大半の事柄を任している。

 そのレスタに対し、一体どのようなことを言ってしまったのか。冷静沈着な彼がへこむのだから、相当なことだろう。ジェドは「コホン」と咳をして見せると、そっと耳打ちをする。

「そ、そんなことを……」

「あの一言で、その場の空気が凍りつきました。まさかリゼル様が、あのようなことを仰るとは……」

「レスタには、悪いことをした。後で謝りに行かなければならないな。あの者は、あのように見えて繊細だ」

「今、シルリアが側にいます」

「なら、安心だな」

 リゼルの衝撃的な一言にへこんでしまったレスタは、部屋に閉じ篭り出てこようとはしない。シルリアだけは部屋の中に入ることができたらしく、懸命に説得を試みているという。しかし、いまだに効果はない。レスタにとってあの言葉は、身を引き裂くに等しいものであった。

「お酒に弱いとは、知りませんでした」

「私も、こんなに弱いとは思わなかった」

「あの後、ファリスはシルリアの説教を受けました」

「ファリスにも悪い思いをさせた」

 年に一度の精霊達の祭り。それに浮かれ、酒盛りが開始された。酒豪やらザルなどが集まる、高位の精霊のみの宴会。無論、外見上まだ子供のファリスやストル。それにジェドはオレンジシュースで乾杯。

 そこまでは良かった。好奇心旺盛なファリスが、面白半分でリゼルに酒を飲ませた。そこから宴会は、おかしな方向に進む。

「自業自得です。リゼル様にお酒を飲ませなければ、あのようなことに。いくら無礼講であっても、ファリスの行動は目に余るものです」

「まあ、彼女らしい」

「そのように仰いますと、ファリスが付け上がります。今回のことで、反省しているようですから」

 シルリアの説教を受けても反省しないファリスが、今回の出来事だけは堪えたようだ。これで少しは大人しく……と期待してしまうが、二・三日経てば元通り。彼女が静かになることは決してない。

「では、僕は皆の様子を見てきます」

「頼む」

「では、ゆっくりお休み下さい。何かありましたら、ご連絡しますか?」

「……そちらで処理できるのなら任せる。もし無理のようなら来てくれ。私にも責任がある」

「了解しました」

 深々と頭を下げると、ジェドは部屋から出て行く。と同時に、廊下を駆けて行った。何やら不穏な気配を察知したのか。それとも、ファリスが何かを仕出かしたのか。リゼルは額に乗せていたタオルと退かすと、身体を横に向ける。気だるさと胸がムカムカするのは、酒の影響だ。

 人間達が掛かるとされている“二日酔い”が、明日になっていれば待っているだろう。生憎、精霊界には二日酔いに効くとされる薬は存在しない。それは“精霊は酒に酔わない”という逸話があるからだ。現に、酒を飲んでいた者達はケロリとしている。酔ったのは、リゼルだけ。

 ――竜は酒に弱い。

 リゼルは今まで、酒を飲んだことはない。精霊達が飲んでいるというのは知っていたが、飲みたいとは思わなかった。漂うアルコールの香りでも、酔ってしまう。その証拠に酒盛りが開かれている部屋に入った瞬間、気分が悪かった。あの時から、半分酔っていたのだろう。


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