短編集
其の7

「主が帰ってきたら、このことを話すしかない」

「そうですよね」

 項垂れ、溜息をつく。その表情は、お通夜に向かう者のようだ。だが、ファリスは大笑いをしている。


◇◆◇◆◇◆


 そうこうしている間、大量の茶葉を抱えたリゼルが帰宅した。新茶を格安で手に入れられたことが嬉しかったらしく、機嫌はとてもいい。しかし今この場にいる精霊達は、この後に待ち受けている試練を恐れる。

 無論、ファリスも例外ではない。ジェドが持ってきたハーブティーを飲んだのだから同罪。そのことを伝えた時に見せたファリスの表情は、悔しさが顔全体に表れた今まで見たことのない表情だった。

 リゼルは真っ直ぐ専用の部屋に向かうと茶葉を種類ごとに瓶詰めをし、棚に並べていく。人間界に行く回数と比例して増えていく瓶の数。ざっと数えただけで、三十個以上はあった。

「……リ、リゼル様」

「どうした?」

 ジェドに中に入るように言うが、頭を振り断る。額を汗で濡らし、全身を震わせていた。そのことに疑問を感じ取ったリゼルは、何があったのか訊ねる。しかし、ジェドからの返事はない。しかし勘の鋭いリゼルに隠し事が出来ないと判断したジェドは、胸元で両手を組むと洗い浚い告白する。

 その表情は、消滅を覚悟していた。

「あれを飲んだのか?」

「申し訳ありません。まさかリゼル様の物とは……いえ、悪気があったのではありません。間違いなのです」

「そうか。飲んだのか」

「本当に、すみません」

「で、感想は?」

「感想ですか?」

「そうだ。美味かったか不味かったか」

「そ、それは……」

 どのように回答していいのか迷うジェドであったが、正直に「美味しかった」と、答えることにした。その感想にリゼルは、暫く考え込む。すると満足そうな表情を浮かべながら、棚に置いてある瓶を手に取るとジェドにそれを見せる。そして、この瓶の真相に付いて語っていく。

「あれは、皆に試飲してもらう予定だった」

「……えっ!」

「そんなに、驚くことはないだろう」

「てっきり、飲んではいけない物だと思いました」

「あそこに置いておけば、誰かが飲むと――お、おい!」

 飲んでも大丈夫だとわかった途端、緊張が解けたのかジェドは後ろ向きに倒れそのまま気絶してしまう。はじめての説教という極度のストレスから開放された顔は、どこか安らかだった。

 ジェドが倒れた瞬間、廊下の隅から様子を見ていたレスタ達が飛び出してくる。数人でジェドを自室まで運ぶと、救護に当たった。どうやら心配のあまり、いつでも飛び出せる態勢を取っていた。

「仲間意識が強いな」

「覗き見など、失礼しました」

「いや、構わない。これをジェドに渡し損ねた。新しくブレンドした茶葉だ。飲んだら感想を聞きたい。さて、私も見舞いに行こう」

 その後、ファリスは悔しがったという。面白いものが見られると期待していたが、逆にそれが裏目に出てしまう。他人の不幸を喜んでいたということで、リゼルからたっぷりと怒られた。

 それに日頃の行いから、シルリアの提案が危うく採用される寸前までいった。それを止めたのはジェド。一番借りを作りたくない人物に作ってしまったファリスは、渋々ながらも礼を言う行為を見せた。

 しかし、あくまでも一時的なもの。スッカリ忘れた頃には、いつものようにジェドをからかう。

 この瞬間、次のお題が決定した。
 
 風の精霊ファリス――この題材で、大いに盛り上がったという。そして暫くの間、この話で精霊達は楽しんでいた。


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あきゅろす。
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