短編集
其の4

「はしたない。これで、風の精霊とは……」

「他の人物と地位を交換しよう」

「それがいいわ。主がお帰りになったら早速」

「勝手に決めないで」

「だが、主が了承したらどうする?」

「そ、それは……」

 リゼルの命令は絶対。長の変更を認めると発言をしたら、次の日からファリスは一精霊に格下げ。立場的には高位の精霊に分類されるが、強い発言権はない。何より、リゼルの側に仕えることができなくなる。

「荷物を纏めて準備をしていたら?」

「ジェドまで!」

「貴女は風の長として、今まで何をしてきたの? 同族の統率はしていないで、よく長と名乗っていられるものね。トラブルを起こすのは、決まって風の精霊よ!」

 流石に、反論はできない。風の精霊は、真面目な性格とは言えない。何かが起こった場合犯人を突き止めると、必ず彼等にぶち当たる。そのことをわかっているファリスは、今回だけは反論できずにいた。

「先日のことだが、覚えているか? 西の森での出来事を」

「西の森? えーっと、何かあったかな?」

「馬鹿者! お前達が術訓練といって、木々をなぎ倒したあの事件だ」

「あっ! あ、あれは……」

「記憶から抹消はさせんぞ」

 それは、数日前の出来事。ファリスは同属性の下級精霊を集め、術を教えていた。そこまではいい。高位の精霊として、下の者の面倒を見るのは当たり前。だが、ファリスが教えるというところに問題があった。

 下級精霊達の熱い期待に応え、強力な魔法を使用してしまった。そして、荒れ狂う突風は木々を薙ぎ倒してしまう。しかし、運が悪いことは連続して起こるもの。何とその近くにリゼルとレスタがいた。

「気付いておらぬと思うが、近くに主と我がいたのだ」

 その瞬間、言葉にならない悲鳴がこだました。瞬く間に全身の血が引き、顔が真っ青に変わっていく。あの近くに、二人がいたとは……ファリスにとって、人生最大の試練が訪れようとしていた。

「直撃を免れたが、もし直撃をしていたら……」

 その言葉に、全身から汗が噴出してくる。それはねっとりとした、嫌な汗であった。全身はグッショリと濡れはじめ、服は絞れるほどだ。それに、微かに身体が震えている。ファリスは、レスタの説教ははじめてだ。リゼルよりは怖くはないが、闇の精霊を甘く見てはいけない。

「高位の精霊が気配に気付かなかったとは、嘆かわしい」

 決して、気配を消していたわけではない。故に、感じ取ろうと思えば気配を感じ取れた。感覚の鈍さを露呈させてしまう事件だったが、これでことが終了するほどレスタは優しくはない。

「ひとつだけ問題がある」

「……問題ですか?」

「そうだ。あの周囲は、香りが良いハーブの群生地だったのだよ。それも、最高級に近いハーブだ」

「なーんだ、ハーブか」

 その言葉に、フードによって隠されたレスタの瞳が怪しく光る。たかがハーブ。されどハーブ。何も知らないファリスは、本当に幸せ者だ。いや、レスタ以外の精霊達も同じ考えだろう。

「そのハーブは、主のお気に入りだ」

「……え、えええええ!」

「失態だな」

「そ、そんなー」

「お前が吹き飛ばしたハーブを乾燥させ、ハーブティーとして楽しむ。それが主の楽しみだったのだ」

 レスタ以外は知らないことだが、リゼルはお茶に関してかなり煩い。様々な茶葉を仕入れては、独自にブレンドし楽しむほど。ファリスが吹き飛ばしたハーブも、そのブレンドに使用されるひとつだった。

「し、知らないわよ」

「何故、主の趣味を話さないといけない」

「レスタは知っていたんだ」

「当たり前だ」

 今回リゼルが人間界に行っている理由は、この趣味に関係している。人間界ではこの時期、店頭に新茶が並べられる。それを求めて態々人間界に向かったのだ。それを知っているレスタは「危なくはない」と思っていても心配性が先立ち、あのようにカップを持つ手が震えていた。

「少しは周囲にも話してもらわないと、わからないわよ。もしかして、他の皆は知っていたの?」

「無論だ。それに話したところで、日頃の行いが直るというのか?」

 先にこのことを話していても、ハーブが被害を免れていたという可能性はかなり低かった。ファリスは一度暴れだしたら止まらないという、何とも傍迷惑な性格が関係しているのだから仕方がない。だからこそ、リゼルは何も言わない。いや、この場合は言いたくないのだ。


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あきゅろす。
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