短編集
其の3

 最近はレスタの心配性を考え出掛ける前に声を掛けてくれるらしいが、それでも心配。可愛い弟を心配する過保護な兄。そのように周囲から思われているが、本人は全く気付いていない。

「心配だね」

「此方の気持ちも考えてほしい」

「無理じゃない」

「そんな、身も蓋もないことを」

「だって、本当じゃない」

 リゼルの放浪癖は、今にはじまったことではない。人間に転生する前は大人しく精霊界に留まっていたが転生後は一変、世界中を旅して周るようになった。理由は簡単。面白いから。自身が創った世界がどのように変化し、その土地で生活をする人々も観察したい。また人間としての生活に楽しさを見出し、再び人間の生活に戻ろうと本気で考えていることは誰も知らない。

「ストレス発散とか?」

「ストレスって、誰の所為?」

「お主しかいないだろ」

 その言葉と同時に、ファリスの額に手刀が落ちる。しかし寸前でファリスは手刀を両手で止め、勝ち誇った笑みを浮かべた。だが、油断大敵。横から伸ばされた手が、ファリスの頭を叩く。

「うぎゃ!」

「甘い。周囲にも気を配らないと」

「ひどーい」

「馬鹿者! 主に仕える身分として、少しは気配を読めなくてどうする。まったく、お前という奴は……」

「そのように言うけど、リゼル様は十分に強いよ。それに、この世界に敵う相手なんていないし。いたらいたで見てみたいけど。もしかして、いたりして。一体、誰かな? 気になる」

 この地上で、リゼルに敵う存在はいない。いや、それ以前に創造主は絶対的であり、創造の対象が主に牙を向けることは考えてはいけない。そしてそのような考えを持った瞬間、レスタが抹殺に掛かる。

「しかし、マスターも大変でしょうね」

「悠久の時の流れ、変化だけを見守るのだから」

 リゼルは創造主という身分に就いているが、不必要な干渉は行ってはいけない。感情的に動き干渉をしてしまったら、世界を構成する理を崩してしまう。だが、誤って歪んでしまった理は修正しなければいけない。それが、例の一件。そしてリゼルは、人間に転生することになった。

「私は、今のマスターが好きよ」

「そのことに関しては、皆も異存はない」

 転生前のリゼルは殆ど感情を表に表すことはなく、冷たい印象が強かった。そもそも感情が欠落しており、仕える精霊達も困ってしまったという。常に眉間にシワを寄せ、物思いに耽る。

「あの出来事は許せる内容ではないけど、結果として良い方向に働いたわ。でも、人間には内緒ね」

「ああ、このことを知れば付け上がる」

 人間に転生し、欠けていた感情を補う。それにより、リゼルは多くの精霊の前で笑うようになった。眉間にシワを寄せることは少なく、会話も必然的に増えてきた。だが当初は、戸惑いも多かったという。

 欠けていたことにより、人間と精霊との間に距離を取ることができていた。しかし感情が入ることにより、相手に情けを掛けてしまう。しかし、人間に情けをかけることは許されない。

 過去の出来事が、再び起こるとも限らない。だがもし起こってしまった場合、世界は崩壊する。

「でも、バランスを保っているわ」

「主は強い」

「だから、わたくし達がシッカリとしないといけないのよ。わかるかしら? 貴女のことを言っているのよ」

 話し掛けられないと油断していたのかファリスは “ブホ”っと、ケーキを噴出してしまう。口の中に大量のケーキを入れていたのか、喉を詰まらせてしまう。そして吹き飛んだ先に置かれていたのは、食べかけのケーキ。その為、一斉に視線が集まる。そして、深い溜息がつかれた。

「何しているんだよ!」

「もう、最悪。折角、真剣な話をしているというのに……緊張感がないというか、本当に馬鹿ね」

「難しい話は、苦手なようだ」

 しかしファリスは、その言葉を聞いていない。それどころか胸元を懸命に叩き、ハーブティーで喉に詰まったケーキを流し込む。そして話を振ってきたシルリアを睨み付けようとしたが、相手の迫力に負けてしまい撃沈してしまう。それ以前に、シルリアに喧嘩を吹っ掛けてはいけない。

 毎回、ファリスはシルリアに痛い目に遭っている。それだというのに、学習能力が身に付かない。何故、馬鹿なのか――それが、多くの精霊達の疑問となっているが、適切な回答は見付からない。これが、ファリスの特徴か。だとしたら、創造時に余分な物が混じったに違いない。


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あきゅろす。
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