短編集
其の2

「で、その言葉は?」

「ご兄弟の話だ」

「それは、禁句だね」

 リゼルは、姉と兄を毛嫌いしている。理由を訊ねたところで詳しく話してはくれないが、表情から察するに余り有る。物凄い形相で睨まれ、身体を震わせながら含み笑いをもらすという。

 口を滑らせた精霊曰く「本気で、殺されると思った」らしい。精霊に一切手を出さないリゼルだが、姉と兄は別問題。理性が吹っ飛び、我を忘れてしまう。もしかしたら、精霊一人を犠牲にする可能性も高い。

「どうして嫌っているのか」

「過去に、色々とあったらしい」

「その過去、気になる」

「我は、知らないぞ。聞きたいのなら、自分で聞けばいい」

 好奇心旺盛のファリスであったが流石に絶対零度を体験したくないらしく、即答は避ける。しかし、何やら考え込んでいた。もしかしたら勇気を出し、本気で聞き出してくるだろう。

「死に急ぐものではない」

「気にならないの?」

「命の方が大切だ」

 精霊に、死という概念はない。レスタが言う“死”というのは、存在そのものの消滅。リゼルなら、気分の持ち様で精霊を自在に生み出したり消したりできる。機嫌を損ねたら、ファリスといえども消滅は一瞬のこと。

「どのようなお方だったのかな?」

「さあ、我は聞く勇気はない」

 しかしレスタは、リゼルの姉と兄の性格を聞かされていた。闇を属性とするレスタは、少しのことでは驚かない。しかし二人の性格を話された瞬間、絶句し思わず聞き返してしまった。

 姉のイドゥンは、一言で言えば女王様気質。自分を中心に世界が回っているという、とんでもない性格の持ち主だという。好き嫌いの差が極端すぎ、物事が思い通りに運ばないと切れ暴れるらしい。

 人間の子供でもマシな性格を持っているというのに、創造主の姉がこのような性格だったとは――

 古くから伝わる伝承では「イドゥンは心優しい竜」と書き記されているが、真相を知らない人間達は幸せだ。日によって変わる月の満ち欠けも、イドゥンの性格が関係している。ひとつの形に止まるというより落ち着きのない性格から、あのように様々な姿を取る。つまり、いい加減なのだ。

 兄のネファリアは、イドゥンとは違い沈着冷静。言葉だけ聞くと良い性格だと思われがちだが、とても腹黒い。いや、どす黒いと言うべきか。野心家で、影の支配者という言葉が似合う。

 表立って何かを行うというわけではなく、コソコソと策を練るタイプらしい。しかしその策というのもどす黒い性格が反映され、相手は迷惑を被る。お陰で、リゼルは泣かされるハメになってしまった。

 二人を崇めている人間界。リゼルにしてみれば“冗談じゃない”と、叫びたい。それも真実がかなり歪められ、二人は美化されている。「美化するに値しない」それが、リゼルとしての考えだ。

 リゼルは、二人を“あの人”と、呼ぶ。絶対に普通名詞では呼ばず、更に機嫌が悪い時は“あいつ等”と、まとめてしまう。恨みの根は相当深く、数百年経った今でも思い出しては不機嫌な表情を作る。

「兄弟のことを聞いて、絶対零度だ。性格を聞いたら、何をされるかわからない」

「主は、このことに関して手加減という言葉を忘れる」

 手加減なしで暴れたら、精霊界と人間界が崩壊する。人類滅亡という最悪な事態が想定され、それに比例して力が弱い精霊達は消滅。それだけで治まればよいが、もし止まらなかったら……全てが焦土と化す。

「精霊界と人間界の平和の為に――」

「そうだ。平和が一番」

 以前レスタは「ご兄弟が化身していなければ――」と、恐る恐る質問したことがあった。今思えば、普通に答えてくれたことが奇跡に近い。しかし質問をした瞬間、辺りの空気が変わったのも確か。

 答えは最初から予想できたが、それが本当だとは思いもしない。つまり「化身していなければ、姉と兄とガチンコ勝負」を行う。内に秘めている力は、リゼルの方が上。二人を同時に相手にしても、負けることはない。つまり、いつでも勝負を受けてやるという意気込み。

 質問の答えと同時に思い出されるのが、狂ったような高笑い。この調子でいくといつかはストレスが爆発し、二人に勝負を挑むだろう。相手が、化身していようとも構わない。ただ、過去の出来事が許せない。

「この話は終わりだ。主が聞いていたら怒り出す」

「ところで、そのリゼル様は?」

「人間界に遊びに行っておられる」

 それはいつもの出来事であったが、レスタにしてみれば心配で仕方がない。その証拠に、ティーカップを握る手が小刻みに震えていた。それは怒りを溜め込んでいるわけでなく、リゼルが心配なのだ。毎回ふらっと誰にも告げずに出掛けてしまい、そのまま数ヶ月戻らないこともしばしば。


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