短編集
其の2

「申し訳ございません」

「何故、謝る?」

「ご気分を害されたと思い」

「謝らなくていい。お前の本心を知ることができるなら、それ以上は何も言わない。ただ、それだけのこと」

 互いの間に、沈黙が走る。風に揺れる木々の音が周囲を包み、吐き出される吐息が混じり溶け合う。リゼルは天を仰ぎ、言葉を待つ。発せられる言葉こそが、己が此処に存在する理由となるから。

「……我は好いております、貴方様を」

「それが本心か?」

「……御意」

「わかった。お前の気持ちが」

 細い腕が動く。ゆっくりと、己の身体を抱きしめるように。震えていた。まるで、何かに怯えているかのように。

「寂しいな此処は……」

 小さな身体に全てが圧し掛かり、其処から逃げることはできない。何をするわけでもない、此処にいればいい。悠久の時の流れを過ごし、変わりゆく己が創り出した世界を見つめる。其処に、手を加えてはいけない。例え創造した当人であっても。動き出した時間は、止めることは不可能だ。故に、リゼルは寂しい運命を辿ることになる。この薄暗い世界の中で――

「いや、あの場所よりいいか」

 力を奪われ、閉じ込められた世界。音も熱も存在しない、無の空間。ただ心音を聞きながら、微かに時の流れを感じながら眠っていた。そのような世界より、此処は数倍それ以上に素晴しい。

「風の流れは、こんなにもいいものか……」

 ひとつに纏めていた髪を解くと、片手で掻き分け吹き抜ける風に靡かせる。さらさらと一本一本の髪がすり合わさる音が耳に届き、居るべき世界の存在を肌で感じる。此処が新しい世界。

「二分する世界。隣り合った、近い存在。我等は彼等を知ろうとも、彼等は我等を知らない」

「我々が暮らす世界と、主が誕生させた世界ですね」

「……正確的には、両方とも」

 精霊は、世界の要になる存在。人知れず他の生き物を見守り、理を司っている。だが、彼等にも暮らす場所は必要だ。リゼルは彼等が安心して暮らせるようにと、この空間を生み出した。これは、ひとつの世界を創るより簡単なこと。リゼルには、それだけの力がある。

「互いの間には、境がある。決して、越えてはいけない」

「必要以上の干渉はできません」

「そう、此方から以外は。何故、生み出したのだろうか。彼等という存在を。レスタ、隣に」

 右手が水平に伸ばされると、撫でるように左から右へと湖面の上を動く。すると湖面の一部が変化を見せ、其処に何かが映し出される。とある街の風景のようだ。歩いているのは、リゼルが創り出した人間。多くの人間が行きかい、声は聞こえないがとても賑やかな雰囲気だ。

「人間ですか……」

 レスタと呼ばれた者はリゼルの近くまで寄ると湖を覗き込み、映し出された生き物の名前を発する。彼等は、リゼルと同じ姿。だが、今いるリゼルの姿は仮初め。本当の姿ではない。

 白き竜――

 それがリゼルの真の姿だと、レスタは知っていた。

 無論、他の精霊達も。

「自分自身と姿形を似せて創った」

 外見の形が同じであったとしても、彼等は創られた存在。力は無いに等しく、時には他の生き物の餌食となってしまう。思い付きのままに、誕生させたばかりの大地に住まわせた。それから数百年、人間の世界は大いに繁栄した。自分達が生まれた真実も知らずに――

 しかし、大いなる繁栄は時として災いを齎す。大地の隅々まで居住の場所を広げた人間は、その数と貪欲な一面によってあらゆる物を変化させていく。空は汚れ、大地は枯れてしまう。木々はその数を減らしていき、動物達は死に絶える。全て、人間が行った行為の代償。

 人間は、それに気付いていない。気づかずに、更に突き進んでいく。

 一体、何処に。

 それは、当ての無い旅のようだ。

「……悲しいな」

「人間は、我等のように力はありません。ですが、多くの知識を吸収していく者達です。よって、中には我々と同じ力を使える者も存在します。とても、恐ろしいことです。いずれ、世界を――」

「一番か弱い生き物と思っていたが、違っていたか」

 再度湖の上で手を振ると、映し出されていた映像が消えてしまう。もとの静かな湖面へと戻った其処には、リゼルの姿が映し出される。暫くその姿を見つめていると、無言のままリゼルは立ち上がると木から降り草が生い茂る地面に着地する。そして、リゼルの顔を見詰めた。


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あきゅろす。
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