短編集
其の2

「君の両親は、何処に?」

 しかし、回答が返って来ることはない。ユーリッドは仕方ないとばかりに胡坐をかいた足の上に置くと、首筋を撫でる。相手は撫でられたことを気に入ったのか、可愛らしい声で鳴く。

 懐かれてしまった。そう思いつつ抱き上げると、頭の上に乗せた。頭上が気に入ったのか、子狼は尻尾を振る。一般的な狼のイメージは、強くて逞しい。しかし、子狼は愛くるしい。

「両親を見付けないと、眠りの時期が来てしまうね。そうなってしまったら、君は困るだろ」

 ホワイトウルフは、冬の時期だけに活動する生き物。彼等は春の訪れと共に眠りに付き、秋はじめに目覚める。ユーリッドが暮らす村から見える万年雪が積もる山に向かい、次の冬を待つ。

 長い時間。いや、一年の大半が寒いこの地域。彼等の眠る時間は、ごく僅か。数ヵ月後には、一面の銀世界の中を駆け回る姿を見ることができる。〈冬を告げる使者〉この土地では、そう呼ばれている彼等。白い雪を纏い風と共に駆ける姿を一度見たら、忘れることはできない。

 その時、狼の遠吠えが響き渡った。どうやら、この子を捜しに群れが来ているようだ。響き渡る遠吠えに、頭上で寛ぐ子狼が反応を見せる。ジタバタと暴れだし、ユーリッドの足許に転げ落ちた。

「お迎えだね。チビちゃん」

 草の茂みから、大人のホワイトウルフが姿を現す。それも、二匹。どうやら、この二匹がこの子供の両親か。体格の良い方の狼が、ゆっくりと近付いてくる。多分、此方が父親だろう。

 ユーリッドの目の前まで来ると座り込み、黒曜石の瞳で見つめてくる。そして、暫く凝視してきた。ユーリッドは目を細め、自分の前に座る相手を見据える。考えていることなど、理解できた。

「お前が、群れのボスか?」

 その質問に対して、ホワイトウルフは深々と頭を垂れた。それに合わせるかのように、後方で待機していたもう一匹も頭を垂れる。どうやら、ユーリッドの正体に気付いたようだ。

「頭を下げることはない。お前達には、仕える主がいる。守るべき相手に、頭を下げればいい」

 ホワイトウルフは〈冬を告げる使者〉と呼ばれていると同時に〈冬を司る精霊を守る〉という役目を帯びている。冬の精霊はホワイトウルフが眠りに付く山に暮らしており、その姿を見た人間は誰一人としていないという。そう、その世界の創造主ユーリッドを除いて――

「眠りの時は近い。子供を連れて、あるべき場所に」

 別れたくないのか、子狼はユーリッドから離れようとはしない。再び頭の上に上りたいのか、懸命にユーリッドの背中を登りはじめた。そんな子供の狼を捕まえると、帰るように促す。

 ユーリッドの言葉を理解できるのか、子狼は首を振り拒絶する。しかし、一緒に暮らすことはできない。この子には、両親や仲間が存在する。それに、成長したら大切な使命が待っている。

「僕と一緒にはいられないよ。それは、君だってわかっている。両親や仲間と一緒に……ね」

 子狼は、切ない声で鳴く。全身で別れたくないという気持ちを表現し、ユーリッドの手を舐める。可愛らしい姿にこのまま連れて行きたいと思うが、ユーリッドは彼等の生き方を知っているから。

「寒い季節が訪れたら、また此処で会おう。それでいいだろ?」

 まだ納得がいかない様子であったが、いつまでも両親を……彼等を待たしておくわけにはいかない。ユーリッドは子狼を父親の足許に座らせると、別れの挨拶の代わりに頭を撫でてやる。頷き、無言の合図を送る。すると父親は子供の首を咥え、逃がさないようにする。

「主に伝えておいてほしい。会いに行くと」

 その言葉に、一礼が返された。そして頭を上げると同時に身体を回転させ、森の中に消えていく。母親の狼もそれに続き、姿を消した。再び、静寂が戻る。そして彼等はこれから山に向かい、眠りに付く。

 再び出会えるのは、雪が舞う季節。

 短い春と夏が終わった、秋が訪れる時に――

 ユーリッドは立ち上がると、服に付いた草を払い落とすと村に戻っていく。「冬になったら、また会おう」その約束は、ユーリッドが村を離れるまで続いた。その後はどうなったのかは、本人達のみが知る。


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