短編集
其の1

 東の空が、徐々に白む。それは、日が昇る時刻を表している。夜空に瞬く星は姿を消していき、白い空と月が幻想的であった。鳥達は歌を歌いながら空を舞い、日差しは冷えた大地を温めていく。

 季節は、春。しかし、北の大地の春の訪れは遅い。それにより吐き出す息は白く、手から感覚を奪い取る。懸命に息を吹き掛け感覚を取り戻そうとするが、冷え切った手に温もりは戻らない。

 ユーリッドはポケットに手を入れると、自身の体温で温めていく。それにより徐々にだが、感覚が取り戻される。しかし手を出せば、冷たくなってしまう。仕方がないのでこのまま、日の出を待つ。

 冷たい風が、吹き付ける。それらは一瞬にして体温を奪い、身体が何度も震える。家に帰るべきか――しかし日の出と同時に起こる現象を見に来たので、このまま帰るわけにはいかない。

 〈結晶花〉この名が示すように、植物全体が結晶で作られている。外見は鉱物と認識してしまいそうだが、これは植物として書物に載っている。光合成は普通に行い、種子を作る。それで、子孫を多く残していた。そして美しい花を咲かせ、人々の目を楽しませている。

 結晶花は、春の訪れの時期に開花するといわれている。それを見る為に、ユーリッドは雪が残る森の中にやって来た。しかし、結晶花は蕾の状態。どうやら、開花には間に合った。草を踏み締め、花の傍らに腰掛ける。汚れのない水晶の蕾。その美しさに、思わず心を奪われてしまう。ユーリッドはポケットから手を出すと、蕾に触れる。すると蕾は左右に揺れ、朝露を輝かせた。

 神話には「世界が想像した竜の気紛れから生まれた花」と、書き記されている。しかし、本当は違った。結晶花は、創造主が美しいという気持ちから生み出したもの。故に、気紛れではない。

 眩しい日差しが、木々の隙間から降り注ぐ。日が昇り、目覚めの時が来たようだ。光を吸収した水晶は七色に輝き、まるで宝石のようだ。ユーリッドの近くに咲いていた水晶花のひとつが、徐々に花を開かせる。日差しの力を借り、ゆっくりと花弁を開いていく。水晶のような花弁を付けた、この世で一番美しいとされている花が――故に、心が奪われてしまう。

「反対していたけど、このような美しさは必要だよ。まったく、彼等は美的感覚がないのかな」

 完全に開いた水晶花を指で弾くと、苦笑してしまう。ふと、昔のことを思い出してしまったようだ。この花を生み出した自分自身――つまり、人間としてこの地に生まれる以前の話。創造を行った大地への、ささやかな贈り物――そのような思いから、結晶花を誕生させた。

 周囲の者達は「いらない」という意見を述べていたが、このように見ると生み出したことが間違いではないと、ユーリッドは思う。それに日差しのお陰で、冷えた身体が温まり出す。

 時間的に、朝食の支度がはじまる頃か。両親が心配するといけないので早く帰らないといけないのだが、もう少しこの場所にいようと思っていた。それに、全てが咲ききっていない。

 見れば、全ての結晶花が蕾を開きかけている。しかし花弁より受けた日差しを吸収した後、結晶花はすぐに枯れてしまう。いや、正しくは砕けてしまう。その為、微かな一生を精一杯アピールする。脆く儚い、短い一生を楽しむかのように。だからこそ、一瞬の美は美しい。

 ユーリッドは、草の上に寝転ぶ。柔らかい草は気持ちいいが、まだ冷たい。静寂のみが支配する場所。聞こえるのは、流れる大気の音と揺れる木々。そして、互いにぶつかり合い奏でられる水晶花の音色。ふと、懐かしいという感情が生まれる。本来居るべき世界を想い――

(皆は、元気か)

 ――慕ってくれる者達。

 我儘(ワガママ)を言い、この場所にいることをどのように思っているのか。今、会いに行くことができるのなら、行きたいと思っている。しかし、不完全なままでは会いにはいけない。それは、ユーリッド自身が理解している。

 後、少し――

 あと数年で、その願いが叶う。彼等が、人間界にやって来る。

 その時、何者かが草を揺らす。反射的に身を起こすと、音がした方向に視線を向ける。其処にいたのは、真っ白い毛並みの狼。ふかふかの毛に包まれており、まるで縫いぐるみのようだ。黒い瞳はユーリッドを見詰め、不思議そうに首を傾げている。そして、か細く鳴いた。

 ――ホワイトウルフ。

 この生き物は、雪深い地域に暮らす希少生物だ。親と逸れてしまったのか、子供の狼は独りであった。

「おいで」

 両手を広げ、此方に来るように促す。しかし人間という存在を怖がっているのか、それを受け入れようとはしない。

「此方から、捕まえるよ」

 ユーリッドは立ち上がると、一瞬の隙をついて子供の狼を捕まえてしまう。捕まったことに相手は暫く暴れていたが、急に大人しくなってしまう。どうやらユーリッドのことを気に入ったのか、それとも彼の優しさが伝わったのか、甘える姿は“全てを許す”そんな感じだ。


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あきゅろす。
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