風の放浪者&Memoir
其の4

「お心遣い、感謝します」

 頭を垂れると、光り輝く青髪が揺れる。貴婦人の風格を持つシルリア。その動作ひとつひとつが、言葉にならないほど美しい。

「ファリス。約束通り、僕は何も言っていない。やっぱり、彼女は鋭い。これに懲りて、少しは静かにした方がいい」

「……そうみたいです」

「騒がしいですな……お久しぶりですぞ。若」

 今度は、老人の声がした。身長は、一メートルもないだろう。長い髭と眉毛を生やした老人がそこにいた。薄茶の異国の服、着物といったところか。それを纏った老人。名は、グラウコス。

 自分の身長より長い杖をファリスの鼻先に向けると、グチグチと説教をはじめた。シルリアと同様、ファリスの行動は大勢に迷惑をかけているようだ。

「全くです」

 その時、感情のない声音が響く。その声に、思わず身体が反応してしまう。これは悪い意味ではなく、良い意味で。

 そう、懐かしく――安心できる声音だから。

「……レスタ」

「お変わりはないようで、なによりです。主よ」

 音も無く草の上を滑るように進むと、胸元に手を当て深々と頭を垂れる。

「僕がいない間、ありがとう。苦労をかけた」

「我は、主のなさることを理解しております。いささか度が過ぎる場合もありますが、今回だけは……」

 後を追いかけてきた男が、木の陰から覗き見ていた。息を殺し、状況を把握する。男の心臓は、激しく鼓動していた。一人の少年の周りに集まる、人ではない存在。一目で、彼等が精霊であると確信した。

 滅多に人前に姿を見せない彼等が、人間と楽しく会話をしている。それもあどけない、普通の少年と。

 なにより男にとって、少年と精霊が知り合いのように思えて仕方がなかった。だが精霊に対しての知識が少ない男でも、これだけは知っていた。人間に対しての干渉は、とても珍しい。

「主、これを……」

 袖口から笛を取り出すと、手渡す。

「……ありがとう」

 刹那、辺りの空気が変わる。覗いていた男もそれに気付き、身体を震わす。持っていたランプが落ちそうになるのを慌てて受け止めると、唾を飲み込み真剣な目つきでことの成り行きを見続ける。

「再び、汝に忠誠を」

 レスタは跪き、深々と頭を下げる。それに従うかのように、残りの五人も跪き頭を下げる。

「僕は、君達のことが好きだ。以前は、これを言えなかった。許してとは言わない……感謝する」

 こそばゆい台詞だった。だが、この言葉しか見つからない。それは、ありのままの心からの言葉。

「それと、僕の名はユーリッド。これから、そう呼んでほしい。あの名前では、差支えがある」

「そう仰るのなら、そうお呼びします」

「助かる……それとレスタ。ひとつ頼みがある」

「主の命なら、何なりと」

「そこの木陰に誰かがいる……頼む」

「御意」

 言葉と同時に立ち上がると、レスタの身体が陽炎のように揺らめき姿を消す。男は一瞬何が起こったのかわからず、必死にレスタの姿を捜す。すると男の目の前に、レスタが現れた。

「主の命だ。悪く思わないでほしい」

 低音の声音には、殺意のようなものが感じられた。男は悲鳴を上げるとランプを落としたことにも気付かず、がむしゃらに走り出す。月明かりだけを頼りに、村を目指す。男の走る方向は、意外にも正解だった。

 遠くに、村の明かりが見える……男はこれで助かると安心するも、すぐにそれが恐怖へと姿を変えた。

「な、何だよ……俺が何をした」

「人間が見てはいけないモノを、お前は見てしまった。このことにより、主の存在が危うくなる」

「主って誰だ。あの少年……ユーリッド君と関係あるのか?」

 立ち塞がるレスタに、質問をぶつける。その声は恐怖で口の中が乾き、擦れたものになっていた。

 何故〈ユーリッド〉の名前を知っていたか。それは小さな村の、家族的付き合いによるものだろう。

 隣の家には誰が住んでいて、名前はこうだ。どこそこの家族はこんなことをして、成功した失敗したなど、詳しくわかってしまう。

 だがら、男が名前を知っていてもおかしくはない。だが時として、それが仇となる場合もある。その証拠に、レスタの眉が動く。そしてユーリッドからの命令を実行しようと、動いた。


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あきゅろす。
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