風の放浪者&Memoir
其の2

「意外って……別に、自分で選んだわけじゃないから」

「そうですよね」

 先程話していたのは、ユーリッドの過去。そして、人間として転生し生まれた故郷。故郷を離れ数年経つが、今でも思い出すことができた。村の人たちの優しさに、両親の温もり。

 そして、故郷の風景――

 感情というものの意味を知りたくて、人間へと転生した。そして願った感情を得ると同時に、家族というものを知った。それにより人間とは不思議な生き物だと、改めて実感する。

 リゼルとして存在した年月に比べれば、無いに等しい時間。でも人間として生きるこの時間は、とても長く充実したものだ。

「僕が十歳の時の話だ。だから、今から五年ぐらい前になるかな。旅に出たのも、十歳だった」

「十歳で旅か……普通じゃ危ないって言われるけど、お兄さんは強いから。仲間も沢山いるし」

 そう言うと、火の中に薪を放り込む。すると投げ込んだ木が炭になった木にぶつかり、火の粉を撒き散らす。

「その教会にあった像って、太陽に化身した竜だよね。あっ! 呟いたことって、その竜の名前でしょ」

「正解。鋭いな」

「えへへへ。こういうのは、得意なの」

 ユーリッドは天を仰ぐと、煌く星の中に浮かぶ月を指差す。

「太陽に化身した竜に名は、ネファリア。そして月に化身した竜は、イドゥン。人間のように性別を言えば、ネファリアが男性で、イドゥンは女性だ」

「へえ、良いこと聞いちゃった。やっぱり一緒に旅して良かった。で、話の続きは何? 旅に出る理由とか」

 その言葉に大きく息を吐くと、オレンジ色に燃える炎を見つめる。そして、遠い昔の過去を思い出していく。

 そして、再び語りはじめた。


◇◆◇◆◇◆


 神学の勉強を終え窓の外を眺めると、空が赤く染まっていた。集中していた為、時間が過ぎるのがわからなかったようだ。ふとキッチンから、食欲をそそる香りが流れてくる。今晩の夕食は、シチューだろう。本を閉じ指定の場所に仕舞うと、母が料理をしている一階のキッチンに向かう。

「何か手伝うことない?」

 鍋の中で煮込まれているシチューを覗きつつ尋ねる。野菜を多く使ったシチューは、母の得意料理のひとつ。今から出来上がりが楽しみだ。

 母は、美人とまでいかないが聡明で優しい。父や僕と暖かく包み込み、村人からの評判も良い。難点といえば、怒らせると怖いということだ。

「手伝うことね……そうそう、買い忘れた物がひとつあるの。それを買ってきてくれるかしら?」

「いいよ。で、何?」

「付け合せの食材なの。買ってくる物は、これに書いてあるから。はい、お金。寄り道はダメよ」

 母からメモとお金を受け取ると、駆け足で店に向かった。夕日によって照らされた村は朱色に染まり、家々から夕食の香りが立ち込めていた。遊び疲れた子供たちは家に帰り、夕食ができあがるのを待つ。中には服を汚し、子供を叱る母親の声も。夕方は、なんとも賑やかだ。

 店といっても、村に一軒だけの雑貨店に入る。小さい村の雑貨店だが、品揃えは意外に豊富だったりする。母に頼まれたもの――乾燥させたフルーツを探す。付け合せと言っていたが、多分デザート用だろう。

 ビンに詰められた乾燥フルーツを手に取ると、棚に並べられた他の商品に目もくれず支払いを済ませる。寄り道は、小言を言われる要因となってしまう。その為、急いで店を出た。

 雑貨屋を出て暫く歩いていると、何気なく空を見上げる。赤い色彩で染められた空。白い雲も同じように朱色に染められ、ゆっくりと空を漂う。ふと赤色の中に、ひとつの輝きが存在した。

 それは、一番星だろう。赤色とのコントラストが、綺麗だった。その時、村に吹き付ける風とはどこか違う風が、頬を優しく撫でた。まるで全身を優しく包み込むかのように、そよ風が吹く。

「……今夜」

 誰にも聞こえない小声で、何かを伝える。

 すると、吹き付ける風の強さが変化した。

「わかっている……大丈夫」

 そう言うと、歩みを進める。

「……我儘だった。また、一緒に」

 その時、後ろから誰かに抱きしめられる感覚がした。思わず苦笑すると、肩に手を乗せる。微かな温もりが、掌から伝わってきた。

「怒られるぞ。彼女は鋭い」

 その瞬間、身体が軽くなる。どうやら今の一言で、離れたようだ。


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あきゅろす。
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