風の放浪者&Memoir
其の8

「……誰?」

 掠れた声音であったが、とても若く少年に近い。

「汝が必要だ」

 それは、男とも女とも区別が使いない声音であった。しかしそれは、紛れもなく光が発した言葉である。

「僕が?」

「そうだ」

「必要ということは、此処から出られるの?」

 起き上がり、縋るように答えを求める。気付かないうちに発した言葉は、久しぶりの疑問であった。少年は、救いなどいらないと諦めていた。しかし光が発する明かりを見つめていると、助けてほしいという願いが生まれる。

「約束しよう」

 光が、少年を照らす。歳は、十四・五くらいだろうか。整った目鼻立ちは美しく、長い銀髪と、朝焼けの色に似た双眸が不思議な印象を与えた。そして何より驚くのは、耳元から伸びる二本の角。正確には、四本と言うべきか。大小一本ずつの角が、左右から伸びていた。

「でも……」

「怖いのか? 外に出るのが。臆することはない。全ては、我の成すままに。汝は、身を委ねればいい」

「だけど、僕は……」

 大きく頭を振る。それに合わせて銀色の髪がさらさらと揺れ、光が粒となりこぼれ落ちる。

「汝が此処に存在する理由、我は理解している」

「なら、僕は必要ない」

「それはない。我が求め、必要としている。それが、なによりの証拠」

 その後、長い沈黙が続く。どちらも、言葉を発しようとはしない。少年は自らの心音を聞きながら光からの答えを待ち、光は左右に揺れながら少年の答えを待つ。すると意を決したのか、少年が口を開く。

「何をすればいい?」

 掠れた声音は元に戻っており、聞き取れる声音になっていた。強い意志を秘めた瞳からは威厳のようなモノが感じられ、まるで此処にいる以前の少年を思い出させるものであった。

「簡単なことだ。かの者たちを守護、それが汝の使命だ」

 少年は無意識のうちに立ち上がると、自分の周りを回る光を見つめる。そして首を傾げ、聞き返した。守護――言葉の意味合いは理解できたが、何を守護すればいいのか答えてはくれない。

「いずれ、わかる時が来る。できるな?」

 頷くしかなかった。頷かなければ、この場所から出ることはできない。否定は、永遠の闇の中で暮らす意思を表すもの。よって否定の言葉は存在せず、肯定の言葉を返すしかなかった。

「答えは、自分で見つけるものだ。さあ、道を開こう。汝の力と共に――そして、永久を生きるのだ」

 光が、少年の身体に吸い込まれるように消える。刹那、熱いものが身体を駆け巡った。それは、失われた力。優しくも懐かしく、それでいて切ないモノ。だけど、間違いなく少年の力であった。

 足元を中心に、光の円が広がっていく。それは徐々に大きくなり、空間全体を覆い尽くした。

 其処は、白一色の世界。その瞬間、温もりが優しく身体を包み込む。それは抱き締められているような、心地良さがあった。

「リゼルよ。これが、汝が求めた世界だ」

 先程の声が響く。だが、主は何処にもいない。

「リゼルとは?」

「汝の新しき名だ。〈無垢なる者〉という意味がある。我は汝であり、汝は我である。共にあることを忘れるな」

 其処で声は、消えてしまった。そして、二度と語りかけてくることはなかった。リゼルは呆然と、その場に立ち尽くす。一体何が起こり、何がはじまったというのか。その時、思考が働くことに気付く。失われたと思われた、考えるという行為。力と共に、戻ったのだろう。

 戻った思考は同時に過去を思い出させるが、不思議と心は晴れ晴れとしていた。胸元を押さえると心音が指先から伝わり、生きるという行為を教えてくれる。そして、あの場から開放されたことも――

 ふと、素足に何かが触れた。草――そう、足元には草が生い茂っていた。此処は、森の中。生い茂る木々がやけに高く感じ、澄み切った空に鳥達が舞う。木々のざわめきと、鳥の声が癒しを齎す。

「リゼル様」

 後方より、声が聞こえた。気配はひとつではなく六つ。その中のひとりが鈴を転がしたような声音で、リゼルを呼び止めた。

「君達は?」

 振り向かず、質問する。すると、六つの気配が跪いた。

「我等は、御仕えするために参りました」

「どうか、お導き下さい」

「我らが命は、リゼル様と共に――」


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