風の放浪者&Memoir
其の2

 いや、知っている者はいないだろう。この話は今となっては、伝説や昔話に近いものになっていた。

 また発展を遂げてない頃、ユーリッドはこの街を訪れていた。簡素な印象を受けたこの街であったが、貧しいながらもその日を懸命に生きている人々。そして争いを好まない、素晴らしい街であった。

 だが、今はどうだろう。大きく発展を遂げたルシエルは、昔の面影は無いに等しい。道を歩く人は得ることができた豊かさに、変わりつつある。外見が同じであって、中身は異なる――そんな錯覚さえ覚えてしまう。

 小高い丘の上に建つ屋敷を中心に、裕福な者達が暮らす住宅街が広がっていた。ユーリッドは屋敷を見つつ、街をぶらつく。石造りの重厚な建物。昔では考えられない建築様式に、驚いてしまう。

 街の至る所に色彩豊かな花々や布が飾られ、小さな建築物が建てられていた。これらは老人が言っていた、祭りに使用される物に違いない。街の人々はそれを楽しみにしているのだろう、すれ違う人々の顔は明るかった。

 ふと「この街に、賑やかな祭りなど存在したのか」と、疑問に思う。精霊を崇める為に開かれる祭りは存在するらしいが、これほど賑やかではない。どちらかと言うと厳かで、厳粛な雰囲気だと聞いていた。

 しかしこれから開かれる祭りは、明らかにそれとは異なる。新しくできた祭り――そう考えるのが普通だが、ユーリッドは寂しかった。それは、精霊信仰が失われるに等しかったからだ。

(これも、仕方がないことかな)

 フッと笑みを漏らすと、宿を探すことにした。詳しい探索は、明日でもできる。そう判断したからだ。それに祭りが行われるとなると、どの宿もすぐに満室になってしまう。街に到着した早々、野宿は避けなければならない。

 ユーリッドは大通りから暗い脇道に入ると、迷うことなく目的の場所まで向かう。街並みの雰囲気が変わっても、張り巡らされた道は変わることはない。記憶が正しければ、到着は近い。

 横道を抜けると、それほど大きくない広場に出た。その時、目の前が白一色に染まった。あまりの眩しさに目を細めてしまうが、徐々に目が慣れてくる。そしてゆっくりと目を開けると、周囲を確認する。すると其処は、別の世界だった。


◇◆◇◆◇◆


 崩れかけた神殿だろうか。所々に苔が生え、柱には蔦が絡まっていた。隙間から日差しが差し込み、暗闇に明かりを灯す。下草は伸び放題で、長い間誰も足を踏み入れてないことが窺えた。

 音というものはない。ただ聞こえるのは、自分の心音と呼吸音のみ。特にこれといって、恐怖心はなかった。ただ、好奇心だけが身体を包む。見覚えがある場所。だが、思い出せない。

 此処は一体――

 その時、何処からか声が聞こえた。それは、若い女性の消えそうな声音である。ユーリッドは声がした方を振り向く。

 しかし周囲には、誰もいない。空耳だと思い肩を竦めていると、再びあの声が耳に届いた。

「……誰だ」

 だが、返事はない。ユーリッドは大きな溜息をつくと、踵を返し出口を見つけようと歩みを進める。

 しかしその時、先程とは違うことが目の前で起こった。それは、声の主の正体が姿を見せたのだ。

「……待ってください」

 その声に合わせるように、美しい女性が姿を現す。漆黒の髪を腰まで伸ばし、丈の長い純白のドレスと身に纏ったその女性は、悲しみの色を湛えた瞳でユーリッドを見つめていた。

「私の話を……」

 今にも泣きそうだった。いや白い肌に、一筋の涙が伝っていた。ユーリッドは優しく笑みを溢すと、女性の方に振り返り口を開く。一目で彼女の正体を見破ったユーリッドにとって、恐れるモノなどなかった。

 そう、彼女は――

「そうでしたね。貴女は……」

 何かを思い出したかのように、柔らかな口調で語りかける。その台詞に女性は一瞬驚いたような表情を作るも、頷き消えそうな声音で返事を返す。そしてまた、頬に涙を伝わせた。

「……はい」

 女性は両手を胸の前で組み俯く。その表情は嬉しそうだったが、悲しみが消えることはない。

「貴方のような方に会え、良かった……時間がありません。どうか、私の話を聞いてください」

 俯いた顔を上げ、懸命に訴える。

「助けて。お願いします。私は――」

 そこで一旦、言葉を止める。何か躊躇いでもあるのか、なかなか次の言葉を発しようとしない。だが意を決するかのように口を開くと、ユーリッドに助けてほしいと救いを求めた。


[前へ][次へ]

2/28ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!