充実と虚無 13
ガチャ─────
「悪い………待たせた」
「………いや、平気っすよ」
車の後部座席に乗り込んだ佐助の着衣は明らかに乱れていた。
ルームミラー越しに佐助を見た慶次は目を伏せた。
「………出しますよ?」
「あぁ………」
佐助は煙草を取り出し、スモークの貼られた薄暗い窓から店を横目で見た。
「………」
佐助の心はここにはない。
店に……あの男の元に………
置いてきたのだろう。
「フゥ……………」
佐助は溜め息のように煙を吐き出す。
「………随分ゆっくりしてましたね………昔話に花でも咲いたんすか?」
何をしていたのか分かっているのに、敢えて慶次は問い掛けた。
「………慶次………」
「はい?」
「………少し寝るよ………」
「……はい………」
余韻を楽しむのか、
考え事をするのか、
疲れているのか………
煙草をくわえたまま、首から下げたドッグタグを触る佐助の表情は曇っていて、意図は掴めなかった。
ただ分かることは、
慶次は拒絶されたということだけだった…………
───────
「……………グズ………」
政宗はティッシュで鼻を抑えながら、焦点の合わない瞳で天井を見つめた。
「はぁ…………」
長い時間床の上に寝転んでいて、泣き止んだことから一気に体温が下がったので政宗は起き上がった。
「………だりぃ………」
佐助のことを笑ったが、政宗自身も若くないことを痛感して苦笑いしてしまった。
けれど、人と肌を重ねるのはあの当時の佐助以来なので、満たされた喜びを噛み締める。
「はぁ………」
何回目の溜め息だろうか。
政宗は重い身体に鞭打って、ズボンを履いてシャツに袖を通した。
ボタンは弾かれているので、キスマークが覗く白い胸元が露になっていた。
「ドッグタグ………」
徐々に動き始めた頭の中。
政宗は金庫に近づいた………
当然のことながら、中には売上金や書類など重要な物が入っている。
そして、店の権利書の封筒を手に取る………
チャラ─────
封筒を逆さにして出てきたのはドッグタグ。
あの頃佐助に貰った物だった。
大切な物だが目に触れたくなくて、滅多に見ることのない権利書と一緒にしておいたのだ。
「佐助さん………」
ぎゅうっと握り締めると、あれ程涙を流したというのにまた視界が霞んだ。
一つの思い出の品によって記憶の蓋が開いていく…………
どれだけ互いを求め合い、
どれだけ愛し合っていたのかは
溢れる涙の量が物語っていた─────
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