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小説(R指定なし)
16



「…あ。美味しい。」
カウンター内で作られた料理を口に運び、思わず声を漏らす。
あの後、男が頼んだバーニャカウダーを食べて素直にそう思った。
野菜の甘みと苦みがしっかりしていて、歯ごたえも良い。
岩塩とオリーブを垂らした野菜はグリルされ、シンプルな味付けなのに美味しかった。
プレート全体に掛けられたアンチョビ風味のソースを付けると今度はワインに合った。

ふと男を見ると、嬉しそうに笑っていた。
こいつ第一印象はいけ好かない奴だったけど、そうでもないのかもしれない。
そう思うと、どんな奴なのか気になってきた。
「なぁ、名前、隼人で合ってる?」
俺が聞くと、突然何が可笑しいのかお腹を抱えて笑い出した。

「おっ前、今それ聞くかよ。会ってからもう1時間以上経ってんだけど。」
そう言われても、さっきまで名前なんて気にしなかったんだから仕様がない。

「やっぱ訂正。お前面白いのな。俺は北川 隼人(きたがわ はやと)。隼人で良いよ。で、お前は新伊 由弥だろ?」
そう言うと、隼人は、既にシャンパンから白に変わっていたグラスを軽く持ち上げ、掲げる。
隼人に合わせて、俺も慌ててワイングラスを持ち、軽く近づけ今更ながらの乾杯をした。




そこから話が盛り上り、互いに色々な話をした。
正直、趣味の末端になると好みは全く合わないのだが、系統は近かった。
そして何より、隼人の知識は凄まじく、大概の事は話せば知っていた。

「驚いたな。同じ男でここまで芸術方面に詳しい奴、俺、初めて会った。」
そう言うと、俺はちょっと齧ってるだけで詳しくないぜと笑う隼人。

「俺もそう。興味はあるけど、詳しい事聞かれたら分かんね。」
隼人に吊られて俺も笑う。
だが、興味のあまりない分野でもこうして話を合わせられる隼人は俺より大分詳しいと思った。

今迄、舞台やコンサートに誘っても、興味を持ってくれる男友達は居なかった。
みんな一様に高いだの、興味ないだの言って断るのだ。


「えっ。先日行われたショパンのガラ・コンサート行ってたの。」
思わぬ共通点に驚くも、それ以外にも、中村座の大歌舞伎やオペラ、バレエも観に行っている様だ。
そして、俺が気になっていた美術展は知っているのは勿論、大概足を運んでいるようだ。

「なんだ。俺たち意外と行動範囲近いのな。どっかですれ違ってたかもしれないな。」
笑いながら言う隼人に俺も嬉しくなり、笑顔で頷く。

二人で盛り上がって、気付けば白の後に頼んだ赤も1本開けていた。




「二人とも強いね。TALBOTまで開けちゃうとは。」
男性の声が聞こえ、後ろを見上げると、日に焼けた肌に黒髪を撫で付けた30代半ばの男性が立っていた。
白シャツに黒いパンツのシンプルな服装が似合っている。
先程までカウンターでお酒を作っていた人だ。

「あ。コウさん。」
そう言った隼人の声は親しみが籠っていた。
おそらく相当仲が良いのだろう。

「隼人はいつも男ばかり連れてくるな。たまには若い女の子でも連れて来てよ。うち女性の方が多いんだぜ。」

「それは聞けない話だな。コウさんなら、カウンター内で幾らでも女落とせるんじゃないの?」

隼人の言葉に、客に手を出せるかと言いながらも、屈託なく笑っている男性を不躾にならない程度に見る。
すると、後ろから俺の横に回り名刺を出してきた。

「今日は良く来てくれたね。俺はここのオーナー、コウって言うんだ。御贔屓に。」

挨拶とともに渡された名刺を丁寧に受け取り、由弥です。と短く挨拶をする。
さっきまで隼人と話していたので、咄嗟に仕事モードに切り替えられなかった。
人見知りが激しい俺の処世術で、できるだけ初対面の人には年齢関係なく敬語を使うようにしているのだが、一度素を出してしまった隼人の前だと、猫を被るのが少し照れくさかった。

「コウさん、こいつが俺に名前聞いてきたのって会ってどれくらい経ってからだと思う。なんと1時間だぜ、1時間。」
面白いよな。とケラケラ笑われ、恥ずかしいが事実なのだから我慢する。
しかし、暫く口を噤んでいても、一向に隼人の笑い声が止まないので、話を変えようとオーナーに向き直り軽く会釈をする。

「あの、料理の野菜やお肉、凄く新鮮で美味しかったです。それと、ワインのリストも。全部好みで…」
最後まで言う前に両肩を力強く捕まれ、頭を揺すられる。

「分かるか!あれ、俺の実家で採れる野菜や肉を使ってるんだ。ぜっんぜん違うだろっ!」

キラキラした目で力いっぱい言われ、勢いに負けて首肯していた。

「いやぁ、隼人、由弥はいい奴だなぁ。また来いよ、お前ならサービスしてやる。」

その言葉が嬉しくて、今度は意志を持って頷いた。
その後、ワインや料理について一方的に熱く語られた後、ちょっと待ってろと言われ、今は、隼人に次はどこに行くのか聞いているところだ。

「俺、今日行きたいイベントあんだよね。由弥はclub好き?俺、テクノやclubミュージックに目が無いの。大音量の音波浴びるのが堪んない。」
屈託のない笑みを浮かべながら言う隼人の言葉に、この歳になるまでclubなんて行った事もなかったのに、興味が湧いてきた。

「俺、今迄そういう所行った事ない。だけど行ってみたい。」

そう言うと、じゃ、この後はclubな。と隼人はニッと笑った。
隼人とやり取りをしていると、コウさんが手にはプレートを持って再び現れた。
手の上の四角い白いプレートを、ダークブラウンのテーブル中央に静かに置く。
「これ、俺からのサービス。まぁ、食べてくれよ」
笑顔で言うと、すぐにカウンターへと戻っていくコウさん。
辺りを見渡すと、満席になっていた。
今でも、入ってきた客を待たせている。

普通、こういうときって俺たちをカウンターに移すかするよな。
それか、食事も終わってるんだからサービスなんてしないで早々に帰って欲しいだろうに。
コウさんって人が良い。
そう思いながら、コウさんが置いて行ったテーブル中央のものに目線を戻す。
そこにはジェラートや数種類のケーキが生クリームや色鮮やかなフルーツがあり、フランボワーズやオレンジのソースなどで綺麗にデコレーションされていた。

「おっ。やった。俺甘いものに目が無いんだよね。」
言うや否やプレートに手を伸ばす隼人を見ながら、俺はどうしたものかと困ってしまった。
実は甘いものはフルーツ以外好きではないのだ。
正直、生クリームやチョコレートは拷問に近いくらい嫌いだ。
仕事上、新店舗や新作のスイーツをチェックはするが、それは全て高岡さんに献上し、いつも感想を聞くだけに留めていた。
男という事で、そこまで甘味処に行く機会はなかったし、苦手だと先に伝えておけば問題はなかった。
だが、先手を打たれて出された物に、失礼にも食べれないとは言えず、いつも取り繕った笑みを張付け、無理矢理流し込んでいた。
目の前の大量のスイーツを見つめ、今回はどうした物かと考える。

「なに?由弥も早く食べろよ。」
急かされ、何も付いてなさそうなフルーツにフォークを突き刺す。
うん。フルーツも新鮮で美味しい。
フルーツだけ食べてごまかせないかと思案していると、隼人が再び声を掛けてきた。

「なんでフルーツばっかり?ケーキも美味しいぜ。」
一瞬、その言葉にフルーツを刺したまま動きを止めてしまった。
乾いた笑いで時間稼ぎをしながら、これからも付き合うのなら正直にここで伝えておいた方が懸命だと判断する。

「あぁ…えっと。実は甘い物食べられない。」

音量の小さい声で言うと、隼人は眉間に皺を刻み、ありえねぇ!と言う。
「由弥、お前人生損してるよ。スイーツと酒ってすっごく合うんだぜ。マジもったいねぇ。」
そう言われても、酷い時は食べながら吐き気まで襲ってくる程なのだ。
凄い剣幕でスイーツの良さをプレゼンしてくれたが、事情を呑み込んでくれ、結局隼人がほとんどを平らげてくれた。
そして、互いに支払いを済ませ、店を後にした。


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