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小説(R指定なし)
14



新伊。そう呼ばれて振り返る。
そこには、久しく声を聞いていなかった高岡さんが居て少し戸惑う。
違う階は雰囲気が異なるので来たがらない彼女がここに来る事は予想していなかった。
しかし、あからさまに避けていたらそうもいかないか。
そう納得し、自分の爪の甘さに溜め息を付く。

「すみません、今、仕事の途中で…」
濁してこの場を去ろうとしたがそうはできなかった。
「10分くらい大丈夫でしょ。それくらいどうとでもしなさいよ。」

いつになく強い口調に姉を思い出してしまった。
全く似てないと思っていたのに。
違う事に一瞬意識を持っていきながら、仕方なく頷く。
自販機横の休憩スペースに人が居ない事を確認すると、座れとばかりに椅子を叩く。

「ねぇ、私がなんで来たか分かってるわよね。」
言われた言葉に頷く。
「僕が高岡さんを避けているから…。」
歯切れ悪く答えれば、やっぱり、と隣りから悔しそうな声がした。

「すみません。だけど高岡さんが嫌いになった訳じゃないんです。ただ、恋人が居るのに僕が誘ったらきっと迷惑がかかると思って。そう思うと、社内でもどう接したら分からなくなって…。」

高岡さんの顔を見て話す事ができない。
膝の上できつく握り締めた拳を見ながら、自分の情けなさに嫌になる。

「あのさ、私がいつ迷惑って言った?勝手に思い込まれて勝手に去られる方の身にもなってよ。それっていつも新伊が言ってる勘違い女たちと同じじゃん。」

高岡さんの最後の言葉にハッとさせられた。
思わず顔を上げると、般若のような様相の高岡さんが居て無意識に身体が後ろに仰け反る。

「何ビビってんの。格好悪いな。」
はぁ、と溜め息と共に言われて驚く。
自慢じゃないけど、格好悪いなんてここ最近言われた事がなかった。

「で、どうすんの。このままその他の女と同様私の携帯のデータも消去するの。」
腰に手を当てて見下ろされ、無意識に首が動いていた。

「そ。じゃぁ、今後は私に相談してから決めてよね。」
じゃぁ、またね。
そう言って颯爽とエレベーターへと向かう高岡さんに何も声をかけられないまま、ただぼうと後ろ姿を見つめていた。



「…かっこいい。」
ぼそりと零した自分の声に笑いが込み上げてきた。
くっくっくっ、と次から次に沸き上がってくる温かい感情に俯いて笑いをかみ殺すも上手く出来ていない。
「あははっ、超カッコイイ。」
俺、座ってたのに、高岡さんずっと仁王立ちしてたのかな。
あの顔本当に般若みたいだった。
去り際ちょー男前だったじゃん。
俺、何、変な気回してたんだろう。

「新伊、お前こんな所で何1人で笑ってるんだ。」
ひとしきり笑っていると、上から声が降ってきた。
「片瀬部長!」
見上げると、上司の片瀬部長が右ひじを支えに自販機に凭れるように立っている。
「おいおい、いくらお前が綺麗な顔してても、流石にこんな所で笑わってると変だぞ。」
そう言われ、ポンと頭に手を置かれる。
その手で髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられて、手で頭をガードする。
「ちょっと、止めてください。」
軽く睨みながら見上げると、フッと優しく笑われた。
「なんだか知らんが、うちのホープが元気なくて心配してたが、もう大丈夫そうだな。」
戻るぞ。
部長の言葉に、後を着いてフロアに戻っていく。
なんだ。忙しい癖にそういうとこ気付くんだ。
そう思うと、流石30歳で部長はダテじゃないなと広い背中を見つめる。
なんだか、まだまだだな俺。
そう思いながらも、悔しさよりも嬉しさが込み上げてくる。

「部長、今期MVT獲りましょうね。」
笑顔で言えば、お前、言うねぇ。と楽しそうに背中を叩かれた。
俺も高岡さんや片瀬部長のような30歳になりたいな。

取り敢えず、近々高岡さんを飲みにでも誘おう、そう決意して、仕事へと戻っていった。


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