小説(R指定なし) 7 「お二人とも美男美女で素敵ですね。」 もう今日何回言われたか分からない店員のお世辞に乾いた笑みを浮かべながら、早くこの場を去りたいと思った。 「ねぇ、ゆう〜。どっちが私に似合うと思う。」 甘ったるい声で試着室から出てきた女にハァと溜め息が漏れる。 「どっちも似合ってると思うよ。」 そう投げやりに言うと、ちゃんと見てよ!とお叱りの言葉を頂いた。 正直どっちでも良い。 そう思うも、それを言えばさらなる怒りを買うので、試着室へと向かい後ろや横を向いてもらう。 「そのドットのワンピはライン綺麗だよね。シンプルだけど胸元の一部と大きく空いた背中が特徴的だし、裾の部分のウェーブが可愛いと思うよ。」 俺の言葉に、ふむ。と顎に手を当て考え込み、再び仕切りを閉じる。 試着を待っている間、椅子に腰掛けながら、両手にある大量購入の証である重みを感じ、溜め息を零す。 まだ買い足りないのだろうか。 そう思っていると、再び目の前の仕切りが取り払われ、オレンジのボックスワンピを着た女が姿を現した。 「これはどう。」 そう言うと、くるりとその場で周り全体像を見せてくる。 「お客様、とってもお似合いですよ。」 そう微笑みながら誰にでも吐いている言葉を今日も繰り返す店員に嫌気が差す。 頼むからこれ以上この人の購買意欲を増幅させないでくれ。 そう思いながら、ふぅ。と一息付き、再び立ち上がる。 ちらりと全体を一瞥して、感想を言う。 「オレンジが鮮やかで良いんじゃない。でも裾のスリットがちょっと…。そもそも丈が短すぎない?」 「そう?このサイドのスリットが可愛いんじゃない。」 俺のその言葉など最初から聞く気がないだろうと思わざるを得ない発言に流石にげんなりしてくる。 毎回、意見を聞いておきながら、この女の答えは既に決まっているのだ。 どちらも欲しいと喚き出した女に投げやりに言葉を放つ。 「どっちも欲しいなら両方買えば良いだろう。もう疲れたんだけど。」 女の買い物が嫌いだ。 何でこんなに長ったらしいんだ。 不機嫌さを露わにしていると、腕に柔らかい腕が絡んできた。 不快感を露わに眉間に皺を寄せ、なに。と見下ろせば、そこには媚びた女。 「こんなに買ったら流石にパパに怒られるよ。ねっ。ゆうが買ってよ。」 猫なで声で俺の腕を揺するその人物に、ノーと言っても聞きはしないのだろう。 本日何度めになるのか分からない溜め息を吐き出し、幾ら。と問う俺は馬鹿だと思う。 この腕から逃れたいがばかりに俺はカードを店員に渡していた。 爪の先から髪の先まで。 他者からの視線を完全に意識したその容姿。 甘えた言葉遣いに男を喜ばせるその仕草。 すぐに男に触れてくるその手つきなんて吐き気もの。 なのに俺はこの人には逆らえない。 「ねぇ。いい加減帰ったら。」 うんざりしながら尋ねる。 「嫌よ。ぜ〜ったい嫌!それにあんたの所に居る方が美味しい物食べれるし楽なのよね。」 ふふんと笑ったその顔に、まだこの状況が続くのかと肩を落とす。 休憩のために入店したオープンカフェなのに余計に疲れる。 通路側に案内された席でエスプレッソを一口。 たまに冷たい風が頬を撫でるが、屋外用ガスストーブのお陰で寒さはあまり感じない。 正直このまま1人でここに残り読書でもしていたい。 はぁ。一つ溜め息をついて、口を開く。 「この後の予定は。」 いつまでもここに居る訳にはいかないので渋々尋ねる。 「えぇ〜。由弥が決めてよ。この辺よく来るんでしょ。買い物は今日はもう良いわ。」 今日はってなんだよ。今日はって。そう思うが飲み込む。 「ちょっと気になってる展覧会があるんだけど…Chardinの作品なんだけど、そこは?それか、この辺に最近出来たモデルのリンが出したセレクトショップ。あとは、日本初上陸のパンケーキは。」 この人は個展なんて興味ないだろうと思いながらも取り敢えず言ってみる。 「はぁ。シャルダンなんて知らないし。興味ないわよ。セレクトショップは今度で良いわ。パンケーキは行ってみたいけど、凄い行列出来てるってテレビでやってた。待つのは嫌いよ。」 案の定帰ってきた答えは期待裏切らない物で、聞いた自分が阿呆らしくなった。 「待たなければ良いんだろう。」 そう言いながら会社携帯を取り出す。 ちょっと電話する、と断りを入れ席を立ち、カフェから少し離れた所で知り合いの番号にコールする。 「お世話になっております。株式会社□×の新伊です。店長、今宜しいですか。」 クライアントと話していると、見知った顔が前を通り驚いた。 向こうは気付いていたようで笑顔で近づいてきた。 通話中だったため、笑みを浮かべ会釈をすると、どうやら話が終わるのを待っているようだ。 今日は社内とは違い化粧をし服装も女性らしい。 どうやら道路の向こう側に居る女性たちと一緒なのだろう。 既に雑談になっている話を早々に切り上げ、通話を終える。 「新伊、奇遇だね、こんなところで会うなんて。休日も仕事してんの。」 屈託なく笑われ、まさか。と答える。 そのまま立ち話をする事数分。 カフェで待たせていた女が声をあげる。 「ちょっと〜、ゆぅ〜。いつまで待たせるのよぉ。」 そのまま存在を忘れていたかった。 本の数分でも待てないのか。 そう思う物の機嫌を損ねると後が面倒だ。 「すみません、高岡さん。待たせているのでまた今度。」 目の前で手を合わせ謝罪の言葉を口にする。 再び聞こえきた声に、すぐにその場を後にし、元の席へと向かう。 「もう、どんだけ私を待たせるつもりよ。で、どうなったの。」 「パンケーキのお店なら16時に入らせてくれるって。」 答えながら後ろを振り返るも、もうそこには高岡さんは居なかった。 なんだか申し訳ない事をしたな。 そう思うも目の前で文句を言う女に意識を戻していった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |