小話 三年目 ※ 「ジェイドが小さくなりました」 「75日」の続きですが、これだけで読めると思います ※赤毛二人帰還設定のEDから三年後のお話 テーブル席に腰をおろすとルークはぐるりと周囲を見渡す。 雑多な客の喧騒が満ちた店内に、僅かに眉根を寄せ、隣に座ったガイに 「なあ、本当にここでよかったのかよ」と尋ねる。 もっと相応しい場所があるんじゃないのか、という含みをもったその問いかけにガイは 「いいんだ」 珍しくきっぱりと言い切ると、ルークに視線を合わせることなく備え付けのメニュー表を開く。 これ以上話を聞く気はない、という態度にルークはやれやれと頬杖ついてため息をつく。 「大体さー、お前がジェイドをからかうからんな事になったんだろ」 「確かにそれは俺も悪かった。反省もしてる」 一度言葉をきると、ようやくルークの方に視線を向ける。 「だけどな、あんな意趣返しはないだろ。そのせいで俺がどんな思いをし」 「おや、どんな思いをされたんです?よければお聞かせねがえますか」 ピシリ、と一瞬でガイを固まらせた美声の主をルークは見上げる。 にこりと穏やかな笑みを浮かべているが、それに禍々しいものが潜んでいるのはこの長い付き合いで充分理解している。 相変わらずお前運がないよなあ、と隣に座る親友に同情の念をおくる。 ジェイドはルークの向かいの席につくと 「遅れて申し訳ありません」 と謝辞を述べる。 「いや別に俺らが勝手に誘ったわけだし」 「……こっちこそ休みの日に呼びつけて悪かったよ」 ようやく硬直が解けたガイが、素直に頭を軽くさげる。 「いえいえ。お誘いは嬉しいですよ。で、ガイはどのような思いをしたのかお聞かせねがえますか」 とにこにこ笑いながら先ほどの会話を流そうとしないジェイドに、ガイはうっと言葉を詰まらせる。 話をかえてくれ、と救いを求めて隣に座るルークをみる。視線が合うと、頬杖ついたまま白い歯をみせて満面の笑顔をむけてきた。 どうやらルークの天秤は、親友を助けるよりも、親友に起こった出来事への好奇心の方に傾いたようだ。 「ガイがジェイドがロマンチックなプロポーズして、とか言って陛下とからかった事がそもそもの原因なんだろ」 一年ほど前、ジェイドの誕生日がゴロ合わせの記念日「いい夫婦の日」と同じだというピオニーとの会話からはじまった。 あんなに結婚に縁遠い奴がそんな記念日生まれとは、というからかいから、いやいやああいうタイプは前触れ無く唐突に結婚するのかも、だの いいお父さんになって休日は子供に肩車して遊んでやるのかも、とか、かなり古臭くて陳腐…もといロマンチックなプロポーズをするのかも、だの 本人不在をいいことにピオニーとガイは盛り上がっていた。 そこに音もなく現れた(本人はきちんとノックはしましたよ、貴方たちがおしゃべりに夢中で気付かなかったんでしょう、としれっと主張していたが)ジェイドにガイは盛大な意趣返しをされたのだ。 噂好きのメイドのまえでガイの手をにぎり「あなたがそんなロマンチックなプロポーズを待っていたとは知りませんでした」と言ってのけたのだ。 必死で手を振りほどこうと抵抗しながらメイドに「いや、ちが、ちがうから、これは」と言い訳を述べようとするガイの背後で、この手の事を逃すはずもないピオニーがすかさず 「結婚式には俺もよべよ」と火に原油をバレル単位でぶっこんできた。 メイドの絶叫を聞きながら、視界が真っ暗になっていくという経験をしたガイは無理に休暇をもぎとり噂がしずまるまでルークの住むキムラスカ、ファブレ公爵家に身を寄せていた。 そろそろ噂も落ち着いたに違いない、と高をくくっていたら、ピオニーの私室付きメイドがガイを見るなり驚いたように目を見張った。 「まあ、ガルディオス伯爵。お身体の方は…」と言葉を濁す。 ん?と幾つもの疑問符が頭のなかをうめつくす。 もしかしたら俺の事をかんがえ、病気休暇って事にしてくれたんだろうか、と解釈したガイは 「ああ、もう平気だよ。心配かけて悪かったね」といつもの人好きのする笑顔をむけた。 「まあ、そうなんですか。出産のためにキムラスカに里帰りしたときいて私達すごくさみし」 「は?」 メイドの声を遮る。きくな、訳をきくんじゃない、絶対後悔する、と警鐘を鳴らす本能の声をおさえて 「ど、どういうこと?」と尋ねると、朗らかな笑顔で 「ガルディオス伯爵はカーティス中将のお子様を身ごもられたので、キムラスカに里帰りされているとうかがいました」 ととんでもない爆弾を放ってきた。 「あ、あ、あの、ね。俺、男だし。旦、……カーティス中将も男だし。無理だよね。きみ、冗談がキツイなあ」 ははは、と引きつった笑いでその場をやり過ごそうとするガイにメイドはきょとんと小首をかしげる。 「でも相手は『あの』カーティス中将ですし。中将ならば男でも妊娠させる譜術を用いたのだと皆が申しております。それにこの事はピオニー陛下が仰って」 「………へいかぁぁぁぁぁ!!!!どういう事ですかー!!!」 メイドの案内すら待たず、ノックもせずにピオニーの私室の扉を音をたててあければ、そこにはぶうさぎに囲まれながら優雅にお茶を口に運ぶ悪魔と悪魔がいた。 「いやあ、案外みんな信じるもんだなあ。俺も驚いてたところだ」 「人というのは荒唐無稽な話や噂を面白がり、そして一定数は否定せずに盲信してしまう傾向にありますからね」 「いやあ、それもこれも相手がお前だから、その荒唐無稽さに真実味が加わるからだろ」 「おや、それは。お褒めいただいて光栄とでも申し上げましょうか」 「……あ、あんたら…、い、いい加減に…っ」 「お、ガイラルディアが素になったぞ」 「どうやら本気で怒らせたようですね、はははは」 「うわー…悲惨…」 マルクトに帰ってからの事の経緯を聞き、さすがに気の毒になったルークは、がっくりとテーブルに伏せたガイの背をポンポンと軽く叩いてやる。 「一部の女性だけですよ、あの噂を信じたのは。あとは、ガイをからかって遊びたい層がそれに便乗しただけです」 「あー」 ガイをからかって遊びたい層のてっぺんに鎮座する片割れが目の前にいて、残りは今頃王宮の私室でぶうさぎと戯れているにちがいない。 ルークはますます気の毒に思い、もう一度背中をよしよしとなでてやることにした。 「ほら、ガイ。いい加減顔をあげなさい。卓になにものせれなくなりますよ」 しれっと言い放つジェイドに、ようやく顔をあげたガイが恨めしげな視線をむけた。 運ばれてきたグラスが目の前におかれると、ふうっとつめていた息をはいて、気持ちを切り替える。 グラスを手にし、横目でルークに合図をおくると「ちょい早いけど」 「「誕生日おめでとう、ジェイド」」 と声を合わせてグラスを合わせた。 僅かにジェイドは目を瞠る。 だが一呼吸もしないまに、すぐさまいつもの様子に戻る。 「おや、今日はそういう趣旨の集まりでしたか」 「まーな。あんたに何プレゼントしていいかさっぱりわからなくてね」 「いえいえ、どんなものでも嬉しいですよ」 「うわー、ぜってえ思ってないだろ」 「そんな事ありませんよ。でも、そうですね、こうしてあなた達とともにお酒を酌み交わす方が最高のプレゼントかもしれませんね」 珍しく邪気なく笑うとグラスを口に運んだ。 成人を迎え酒を飲む機会が増えたとはいえ、まだ喉を通るアルコールに慣れないルークはゆっくりとグラスを傾ける。 その様子を見逃すはずもないガイが「ジュースを頼もうか?」と聞いてくるが、ルークは小さく首を横に振る。 「本当はさ、もっとおしゃれなお店がいいんじゃないかってガイに言ったんだ」 「ルーク、ばらすなよ」 「ガイのことです。そんなおしゃれなお店に私と入った事が誰かの目にとまりでもしたら、例の噂が再熱したらたまったもんじゃない、と考えたんでしょう」 「お見通しかよ」 がっくりと肩を落とすガイに、ルークもジェイドも笑う。 「でも一回ガイと下見にきたんだけど、ここ、おしゃれでもないし狭いし煩いけど、料理と酒はマジで美味いんだぜ」 ガイの名誉のためのルークの言葉に、ジェイドは静かに微笑む。 「ガイが足を挫いたメイドを、所謂お姫様だっこでしたか。それで城の前まで送り届けた事があったでしょう」 「あー、そういやあったな。確かあの時、俺たちはウルシー捕まえたんだよな。そして城の前の広場でガイ達と鉢合わせしたよな。 お前、見えなかっただろうけど、後ろからついてきてたアニス、「すげえわ、こいつ」って顔してたんだぜ。あれは一見の価値ありだったぞ」 思い出したのだろう、プププと楽しげに笑うルークに、ガイは苦笑いを零す。 「その場面をどうやら目撃していた貴族がいましてね。で、ガイは相変わらずパーティに出てもご令嬢とダンスを踊ることはないものですから」 「うわ、その話かよ」 ガイが手で顔を覆う。ルークは興味津々で身を乗り出す。 「若くハンサムな伯爵様を射止めたい若いご令嬢たちが、足を挫けばお姫様抱っこをして運んでもらえると考えたようで」 「…そうまでして抱っこされたいもんか?」 「されたかったんでしょう。 めったに出席しないパーティに顔を出したというのに、壁の近くでお酒を飲むガルディオス伯爵の前で次々に令嬢たちが『ああ、脚が…』と言って次々にバタンバタンと床に倒れてですね。 いやあ、あれは壮観でしたよ。床に倒れたご令嬢たちはじっとガルディオス伯爵を無言でみているんですよ。『さあ、この中の誰を助け起こしてお姫様抱っこしてくれますの』という情熱が遠くからでも見て取れてですねえ」 「俺が必死に目で助けを求めてんのに、このおっさん笑顔であっさり無視してくれたんだぞ」 「なんだそれ!!シュールすぎるだろ!うわー、おれ、それすっげえ見たかった」 ぎゃははとおよそ子爵の称号をもつとは思えぬほど、市井の青年のように腹をかかえて大声で笑っている。 「結局陛下が助け舟だしてくれたからよかったものの。俺、あれからパーティ恐怖症でさ」 ひーひーと涙まで浮かべて笑っているルークをみながら、やれやれとガイはため息をつく。 浮かんだ涙を指で拭いながら 「お前、女性恐怖症に加えてパーティ恐怖症まで抱えてどうすんだよ」 と至極尤もな事をルークは言った。 「あ、そういやアッシュの猫かぶり。ガイの言うとおり、母上にはお見通しだった」 「ははは、やっぱりそうか。シュザンヌ様はさすがだな」 「父上は全然気づいてなくてびっくりしてた」 「ファブレ公爵らしいですねえ」 食事を口に運びながらルークは楽しそうに家の事を話す。 嫌いだったはずの人参すらためらう事なく食べる様子にジェイドは目を細める。 「えらいですね、ルーク。かなり好き嫌いがなくなったじゃないですか」 「…まあな。あの旅でナタリアの料理くってきたんだぜ。食べられるだけでありがたいって悟りも開くって」 「ジェイド。残念な知らせだがナタリアの、あの料理への情熱は失われてなくてな。俺がキムラスカ滞在中も何かと王女手ずからの料理を振る舞おうとしてなあ。 あんたもキムラスカに使者として赴く時は胃薬を大量に用意してたほうがいい」 「わかりました。使者の話がでたらそのままガイにお任せしますね」 「こっちに渡すなよ!」 適度にアルコールもまわり、三人の話はつきない。 「ちょっとトイレいってくる」 そういってルークが席をたつと、ガイは苦笑いしながら 「悪かったな、こんな店でお祝いでさ」 「いえ、楽しいですよ」 「ルークと二人で、あんたに何やるか結構真剣に考えたんだけどなあ。……思いつかなくて」 そういってクセである後頭部をがりがりと掻く。 「私はあまり物に執着しませんから。それよりこの席を設けてくれた方が嬉しいですよ」 「そうかい?」 「ええ」 そう言うとジェイドはそっと目を伏せる。 「ルークが還ってきて、楽しそうに何ら気兼ねする事なく家族のことを話して、私はあなたの面白おかしい話をして。昔話をして。些細な近況を話して。 友と笑いながら酒を酌み交わす事が…。こんなにも楽しくて幸せな事だとこの歳で知りましたよ。 あなた達と、今、このように時を刻める事を僥倖に思う自分が、正直まだどこか不思議で。そしてやはり幸せなのだと思いますよ。 本当にありがとうございます」 ジェイドの真摯で静かな告白に、ガイはわずかに目を見開き、そっと視線を外す。 「…あんたに友とか言われると照れるんだが」 頬が僅かに熱を持つのも仕方ない。 だが、次にはもういつもの口調でジェイドはガイをからかい始める。 「光栄に思っていただいて結構ですよ」 「…やっぱあんたらしいや。あー、でもあんたが俺らを友達認定したのをディストが聞いたらヒス起こすな」 「サフィールの話はやめなさい」 ぴしゃりと言ってのけると、眼鏡を指で押し上げる。その様子がジェイドらしくてガイはじわりと喜びが湧いてくる。 「誕生日前後はあんたも予定があって忙しいだろうから、少し早めに誕生会しようかとルークで話してな」 「その考えは正解でした。私は基本、誕生日前後はグランコクマを離れる事にしていますから。ここ二年は叶いませんでしたが、今年は明後日出立する事にしていますから」 「へえ、そうだったのか。……でもなん……。ああ、あの人か」 問いかけている途中で、脳裏の浮かんだ人物の「誕生祝い」から逃げたいのだと、理解した。 「ええ、そうです。毎年毎年ろくでもない事しか考えませんからね」 二年前はジェイドは小さくさせられ、去年は手作りケーキという蟲毒をつくって食べさせようと計画していた事をガイは思い出し、はあ、と深く息を吐いた。 「大変だなあ」 「まだあなたには様々な贈答したい周期ですので安心しなさい。ただ、そのネタが尽きたらあれはろくでもない事しか考えませんからね。くれぐれも気をつけておくことです」 「肝に命じておくよ」 その時。 ジェイドの背後に何か立った、とガイが認識した瞬間。 「よおっ!俺ぬきで楽しそうじゃないか」 がしっとジェイドの首に腕をまわして、ガイににやっと笑ってみせたその人は。 「へっ!!………へいか、どうし、て、ここに?」 陛下、と叫びそうになったところを寸でのところで飲み込んで、小さく問いかける 「わりい、つかまった」 しょぼんとピオニーの後ろにたつルークが申し訳なさそうにしている。 一瞬でジェイドの眉間にシワが深く刻まれた。 「俺抜きで男子会かー、ずりーな。ルークはマルクトに来てるのに俺んとこに顔出さないから痺れきらせてガイラルディアの家に押しかけたら二人で出かけてるっていうからなあ。 いやあここにたどり着くのにすげえ苦労したぞ」 えっへんと胸をはってジェイドの隣に当然のように腰をおろすピオニーに、ルークはこっそりとガイに耳打ちをする。 「……なあ、アラフォーでも男「子」っていうのか?」 その疑問は尤もだが、ガイは目の前の事態をどう収拾するか頭を巡らせていた。 このままこの人、居座るつもりだ。 「き、今日は個人的な集まりでしたので。陛下をお誘いするのは。その」 「個人的って。どうせこの時期だからジェイドの誕生日会とやらだろ」 う、と返答につまるガイに、やれやれとピオニーはため息をつく。 「お前ら、誕生日といえばケーキだろ。せっかくのジェイドの誕生日会なのにケーキはなしか?」 「あ、そ、それは。その、なあ」 事前に店と打ち合わせして時間がくれば甘党のジェイドが喜びそうな、クリームたっぷりのケーキが運ばれてくる手はずは整えている。 言いよどむルークに、ピオニーはにやりと笑い 「安心しろ、ルーク。俺が手ずからでつくったケーキがある。おい、持ってきてくれ」 ピオニーから声をかけられた店員が顔色をなくし、小さな声で「…あれを?」とつぶやいたのをご機嫌なピオニー以外聞き逃さなかった。 「来年…は、キムラスカで落ち合って誕生会しような」 ぼそっと言葉をもらしたルークに、ガイもジェイドも力強く頷き、そして迫り来る未知との遭遇にそなえ、胃を服の上から優しく撫で回した。 終 祝ってないけどジェイド誕生日おめでとう! 作中のガイがキムラスカに身を寄せている間にマルクトではガイ里帰り出産の噂がたっているの元ネタはおーとりさんです。ありがとうございます 小話3TOPに戻る TOPに戻る |