10万企画小説 倦怠期なJG 前編 ※現パロJGです ※どこが倦怠期?な感じです。そしてベタなオチです ベッドヘッドに背を預けた二人は仲良く並んでいる。 しかし会話はなく、それぞれ違う事をしている。 ガイはタブレットを手にしており、ジェイドは本を捲っている。 静かに時は流れ、夜は更けていく。 タブレットをなぞる指を止めたガイが、ちらりと隣を見る。 受けた視線に気づかないのか、ジェイドの視線は本に注がれたままだ。 少しの逡巡の後、ガイはジェイドからタブレットへと視線を戻してから、話しかける。 「なあ、明日の夕飯はどうする」 「明日は早く帰る予定ですので、お願いします」 「了解」 ジェイドはガイに一瞥さえくれずに、会話は早々に終了した。 ガイはタブレットを自分サイドにあるナイトテーブルの上に置き、ついでにスタンドライトを消す。 「じゃ先に寝るな」 「ええ。おやすみなさい。灯りは気になりますか?」 「気にしないでくれ」 そう言ってガイはジェイドに背を向ける格好で布団の中に潜り込む。 目を瞑ると、鋭敏になった耳がジェイドの本を捲る音を事細かに拾う。 彼は本の世界に没頭しているようだ。 背中に目でもついているかのように、ジェイドが真剣な眼差しを本に綴られた文字に向けているのかがわかる。 わかるだけに、面白くない。 今日も近づいてくる気配なしかよ、と閉じていた瞼をガイはあげる。 やはりこれは――― ******* これは所謂、倦怠期ってやつなんだろうか。 付き合い始めて一年。 一緒に暮らしだして半年。 そろそろ飽きがきても仕方ないと言えば仕方ないのだが、普段の生活になんら変化はない。 ただ、ここ一ヶ月程やる事をやってないのだ。 しかも、ジェイドがそういう雰囲気になることを意図的に避けている。 夜、共にベッドにあがっても、当然のように革張りの書物を開き、思考を巡らせ、彼一人の世界に入り込む。 時々交わされる会話もすべてガイからかけられるもので、ジェイドから話しかけてくることはない。 隣にいるのにとても遠い。 そんな夜がここ一ヶ月近く続いているのだ。 やっぱり倦怠期に間違いないだろう。 「…ガイさん、何やってんですか」 ギンジの声に、ガイの意識が引き戻される。 目の前には心配そうに自分をみているギンジがいる。 意識が現実世界に戻ると同時に、大学の食堂の喧騒が耳に蘇ってくる。 「え、あ、いや別に」 ギンジの視線は、ガイの手元に注がれている。 少し俯くと、そこにはつつきまわされて解体寸前の焼き魚の姿がある。 「頬杖ついて、魚をつつきまわして上の空だし。ガイさんらしくないですよ」 確かに。 悪い、と片手を顔の前に掲げて謝り、無残な姿になった魚の身を口に運ぶ。 向かいに座ったギンジは既にうどんを平らげている。 「彼女さんと喧嘩してんですか」 う、と食事を喉につまらせそうになる。 「さっきため息つきながら『倦怠期に間違いない』とひとりごと言ってましたよ」 うわあ、と食事そっちのけでテーブルに顔を伏せたい衝動に駆られる。 「俺、んな事いってたのか」 こくこく、とギンジは頷くと、眉尻をさげて「かなり追い込まれてますねえ」と苦く笑う。 「んまあ。なんというか、急に向こうがエッ……、夜になるとよそよそしくなってさ。これは倦怠期なのかなあ、と考えちまって」 昼間の学食で生々しい言葉は避けようとガイは言葉を濁す。 「うーん、それって夜だし、単純に眠たいだけじゃないですか」 「……。か、かもな」 ギンジの穢れない発言に、一瞬ガイは言葉につまり、気まずそうな笑顔で後ろ頭を掻く。 「もしくはガイさんが気づかないだけで彼女さんを怒らせているとか」 カノジョ、じゃないという言葉は呑み込んで、ガイは少しばかり自分の行動を振り返ってみる。 怒らせるような事をしただろうか。 一ヶ月前といえば、俺が友人のフットサルチームの助っ人で忙しかった頃。あのあたりは週末はおろか平日も練習で出かける事が多かったから結構ジェイドを放置してた時期。 ……もしかして放置して拗ねているとか。いやまさか。一回り以上年上だぞ。 「あの」ジェイドでもさすがにそれはない。……と思う。 そう一言付け加えてしまうのは、ジェイドの一筋縄ではいかない性格ゆえだ。 考えこむガイにギンジは笑って 「悪かって謝ってみたらどうです。こういう事はさらっと言っちまったもん勝ちですって」 といってくれる。 だが容易にその後の返しが浮かんできて、ガイを憂鬱にさせる。 理由もわからずに安易に謝辞を口にすれば、ネチネチといたぶられてしまう。 ストレートに「なぜやらないのか」と問いただせば済む事だとわかってはいるが、それはこっちの矜持が許さない。 俺ばかり相手を求めているようなのは、悔しいし面白くない。 ………… 「なんか俺、ガキっぽいな」 意地っぱりな子どものようだ。自分で呆れる。 はあ、とため息を深くつくガイに、ギンジは静かに微笑む。 「あのガイさんをガキっぽくさせるって、すごい彼女さんですね」 「あー、まあ。あっちのほうが年上だし」 しかもかなり、は胸の中だけで零しておく。 「へえ、出会いの切っ掛けってなんだったんですか」 「バイト先のお客さん」 「ああ、長期休みの時だけしている喫茶店のバイトですね」 「……うん」 常連客がいた。 いつも上質のスーツに身を包んだ男は、壁際の席で一人珈琲を飲む。 時にはずしりと重たそうな本を開いて、メモを走らせていた。 時にはモバイルノートを開いて、キーボードを叩いていた、 時には鞄から書類の山を取り出して、何やら考え込んでいた。 だが、ほとんどは静かに珈琲を飲み、店内に流れるジャズ・クラシックに耳を傾けて過ごしていた。 ガイが常連客の中で、彼を注視したのは他でもない。 驚く程の美形だったからだ。しかも若い。 今時流行りのカフェとは違った、昔ながらの純喫茶は客の年齢層は高い。 店主のペールと変わらぬ世代が集うその場で、一人異彩を放っていた。 だが、会話は必要以上に交わした事はなかった。 他のお客相手なら、会話を振ることも、笑顔で耳を傾け黙って頷く事も、先を促すような受け答え、それらをそつなくこなすガイであったが、彼にはそれが出来ずじまいだった。 近寄りがたい雰囲気を纏っているせいだろうか。 必要以上に踏み込む事を拒絶する空気があった。 それゆえに、ペールもガイも声をかける事はなかった。 寡黙な常連客とバイト。 そんな関係に大きな変化が訪れたのは、とある週末の閉店間際の出来事だった。 その日ペールは常連客と囲碁を楽しむ約束をしており、いつもより閉店が一時間程早かった。 ガイは店内の掃除をしながら、ふと、店の外に出したままの傘立ての存在を思い出した。 その日は昼間から重い雲がたちこめており、早めに用意していたのだが、結局雨は降らずじまいだった。 そのため、先ほどクローズの札を出した時にも存在をすっかり忘れ去っていたのだ。 慌ててガイがドアを開けると、丁度、彼と鉢合わせた。 どうやら店に寄るつもりだったのだろう。 「あっ、こ、こんばんは」 目があったので、つい反射的に挨拶をした。 男は少し驚いたような顔をし、それからふっと表情を緩めると「こんばんは」と返してきた。 この店でバイトを始めて一ヶ月。注文と会計の時以外で、初めて会話らしい言葉を交わした二人に、ぽつりと天から水がこぼれ落ちた。 ぽつ、ぽつ、と落ちてきた雨粒は大きく、すぐさま本降りになるのは明らかであった。 「濡れますので中にどうぞ」 ついでに傘立てを中に入れたガイは、店の入口に佇む男が腕にはめた高級時計に目をやっている事に気づく。 「すみません。本日は店主に用事が入った為、閉店時間が一時間繰り上がったんです」 「ああ、それで」 元々オーナーでもあるペールが趣味でやっている店だ。なんら告知もせずに店休にしたり早めに閉店する事はままある。 彼も納得したように腕時計から窓の外へと視線を向ける。 その横顔は灯りをほとんど落とした店でもわかる程に、疲れが差していた。 本格的に降りだしたようで、ざあざあと音を立て始めている。 「珈琲、飲んでいかれませんか?丁度一杯いれるところだったので。あ、俺、バリスタじゃないので味はかなり残念ですけど」 「よろしいのですか」 馬鹿丁寧な喋り方に、某ドラマの刑事のようだと心のなかで笑ってカウンターの中に入る。 テーブル席は掃除のため椅子をすべてあげているので、男も初めてカウンターの席に座る。 フラスコに火をかけると手際よくロートに粉を入れる。 その間に小さな冷蔵庫からケーキを取り出して皿にのせて、カウンターの上に置く。 「良かったらどうぞ。疲れている時は甘いものがいいそうですよ」 じっと皿の上のケーキに視線を注ぐ男は、ためらいがちにフォークを手に取る。 残り物のケーキは廃棄処分となる。ガイは捨てるよりはいいだろうと考え出してみたのだが、この男はいつも珈琲のみの注文だった事に気づく。 甘いものが苦手だったら悪いことしたな、と思いながらロートの中を軽くかき混ぜる。 だが男は嬉しそうにケーキを口に運んでいる。 「もしかして、ケーキお好きなんですか?」 そう尋ねると 「ええ。ケーキも勿論ですが甘いものはなんでも好きです。 ただ、いい年したおっさんがケーキを食べている姿は滑稽でしょう。だから外では我慢しているんですよ」 と笑って答える。 思った以上に話しやすい。ついそのせいで口も軽くなる。 「いい年って…お若いじゃないですか」 「………あなた、大学生でしょう?」 「ええ」 「じゃあ、おそらく一回りは上ですよ。今年34ですし」 「…………、うそだろ」 驚愕に目を見開く。 6歳離れた従兄の容貌と、目の前の男のそれとを頭のなかで比べ、そっとため息をつく。 あいつが老けすぎなのか、目の前の男が若々しすぎるのか。おそらく両方だ。 濾過された珈琲をカップに注いで差し出す。 自分のカップにも注いで一口飲む。心地良い香りにほっとする。だが、やはりペールの味には敵わない。 「美味しいですよ」 「お世辞ありがとうございます」 「いえ、本心ですよ。今日は立ち寄って幸運でした。あなた手ずからの珈琲を飲めましたし」 知的な草食系の雰囲気なのに、意外と口がうまい。 「もうケーキは残ってませんよ」 「おや、そう受け取られてしまいましたか」 甘い響きの声と共に向けられた笑顔に心臓がどくりと跳ねた。 それからは関係は一気に変化していった。 その日以来親しく話すようになり、店外でも会うようになり、いつしかお付き合いがはじまり、何故か一緒に暮らす事になった。 色々あったがうまくいっているつもりだったんだがな。 後編 |