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雲珠桜は夏に彩る
刺客は誰の背に04






ガーーガガッ…………。



並盛商店街でも特に安くて品質がいいと有名な並盛スーパーの自動ドアが私のために嫌な音を立てながら開いてくれる。
安い分、こんなところにはお金かけられないってか。




「……これ、何日かしたら動いてないかも」





日々来るたびに、つっかえる自動ドアを背にしてそんなことを心配した。
入り口においてあるかごを1つ手に取る。そして店内をぐるっと見回した。




「うーん……今日の夕食はどうしよう……」




野菜コーナを彷徨く。所々の棚の野菜に、宣伝用画用紙に『特別特価!203円→199円』と、特別特価とよんでいいのかわからない宣伝がある。
当然のように私はそれを無視。行きつけの八百屋さんの方が安いことを知っていたから。




「さっきのこともあるから本当は雲雀さんの好きなものがいいんだろうけど最近ハンバーグなばっかな気がするし。…………あ、じゃがいも安い」




視界の端に入ったじゃがいもの袋を手に取った。


…………最近、自分が学生とは思えないほど家事に馴染んだな、と思う。
ジャガイモひとつ選ぶのだって、できるだけ大きなもので芽が生えていないか確認するし、隣に安い野菜があれば、そちらについつい目線がいってしまう。そんな自分は既にオバサンの領域に入っていってしまっているのだろうか?…………まだ若者でありたい。

辺りを見渡すと、少し離れたところに人参がいつもより安い値段で綺麗に積み上げられている。




「よし、今日は肉じゃがにしよう」





そして雲雀さんの機嫌はお刺身で取らせていただこう。
確か雲雀さんはかんぱちが好きだったはず、と刺身が並ぶコーナーに顔を向ける。
突如、後ろからお母さんらしき人とその子供の声が甲高く聞こえた。





「ねえ、今日のご飯なにがいい?」


「えーとね、えーとね、オムライス!」


「オムライス?昨日食べたでしょ。別のでよ」


「ええー?…………じゃあなんでもいい」


「それが一番困るの…………あ、じゃがいも安い。じゃあ今日は肉じゃがにしよう」


「ええ?お肉は?」


「また今度」





じゃあ私に聞いた意味無いじゃん。と頬を膨らませる女の子。母親はそれを簡単にはいはい、と受け流していた。
私はそれを見て、ああやっぱり肉じゃがにするんだ…………と思うと同時に、その光景を目を細めてみた。

脳の裏の記憶が頭の中で蘇る…………。











「…………ユカ。ご飯なにがいい?」

「なんでも」


「えー?なにかアイディア出してよ。毎日考えるのは大変なんだから」


「じゃあ…………パスタ」


「パスタ?お父さんもいるのに?」


「だからなんでもいいって」











…………私がこちら側に来る前の、ごくごく身近にあった日常の会話。今までは毎日が楽しくて思い出すときが少なかったように感じたけど…………ここ最近はよく思い出す。





「……確かに大変だね、毎日するのは。母さんが言ってたほどじゃ無いけど…………」





別にあんな親子の会話、こんなスーパーなんかでは珍しくともなんともない。これまで何度も見てきた。
それでもやはり、その光景を見た時には必ずと言っていいほど家族の顔や声が思い返される。煙たがってたあの頃も今では懐かしい。
なのに…………最近は思い出した顔が鮮明かどうか分からない。妙にぼやけてきている気もする。そうしてこちらで経った月日を身に染みて感じてしまう。


突然、頬に生暖かいものが一粒流れ落ちた。私はそれを急いで掬い上げる。
…………誰にも見られないように。




「…………さ、急いで買い物をしなきゃ」





きっと雲雀さんが不機嫌で待っているだろうから早く作ってあげなければ。



頭に浮かぶのは母親や家族の顔じゃなくて雲雀さんの顔。勿論むすっとした不機嫌な顔だけど。



…………家族の顔を忘れ始めている。それはしょうがないのかもしれない。だってこちらには家族の写真なんてものはない。在るのは私の記憶だけ。だからと言っても…………家族の顔忘れ始めているのは悲しい。辛い。


でも、そんなこと言っていてもしょうがないんだ。私の居場所は今はここで、大切だと言える友達も仲間もたくさんできた。
だから…………だから例えこちらに血の繋がる家族がいなくてもきっと大丈夫。
それに…………。



ふと、我に返る。




「スーパーなんかでなんて事考えてるんだろ、私」




思わず苦笑する。
私は考えていることを頭の隅に追いやると、材料を揃えるため、足をすすめだした。
















「あれは…………もしかして」





ユカのいる場所から少し離れたスーパーマーケット内。一人、目立つ格好をした人影がユカの姿を捉えた。
野菜の前でひたすら悩んでいるように見える後ろ姿。その人物はその後ろ姿を笠原ユカだと確認すると、ユカの方へ足を進めた。
少し、口角が上がる。




勿論、この時点でユカはその人影に気付くはずがなかった。








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あきゅろす。
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