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SPIRIT OF MASTER
†††


 




「亡くしてしまったの。」

「…大事な人を、かい?」

「そう。」


少年が俯いて、啜り泣く。


「大好きな、人を。」

「ああ…それで…。」


伯爵は納得する。
伯爵の言葉に、少年が顔をあげる。

幾つもの透明な雫が、頬を伝い落ちた。


「鈴蘭は君影草とも言ってね…。」


可愛らしく、愛しい人の面影に似ている、と言われている。


「星鈴蘭は亡くした愛しい人の面影を宿す、と言われてる。」


伯爵は指先で、小さな白い花に触れた。

チリン…と微かな鈴の音。


「逢いたい…。」


少年は涙を拭うことも忘れて、呟き。また俯いた。

伯爵は困ったように少年を見た。

そして、隣に腰を下ろす。

視点が下がると、花畑は一面の白い絨毯に見えた。


「…どんな、人…?」


伯爵の静かな問い掛けに、少年は俯いたまま、ぽつりぽつりと話し始める。


「綺麗な、人だった…」

「栗色の髪のよく笑う」

「いつも僕を支えてくれた…強くて…弱い…人…」


思い描く愛しい人。
面影は鮮明に脳裏に蘇っているらしい。


伯爵はそっと目を閉じる。


「雛芥子のような人。風に揺れる、倒れない人。」


落ち込んだ時に微笑う。

怒った時も微笑う。

死ぬ間際ですら穏やかで。


「愛していると、知ったんだ。」


嗚咽に言葉を詰まらせて。

激しい気持ちを飲み込んで少年が泣く。


「僕はもっと…愛していると告げるべきだった…!」


伯爵は彼の慟哭に、そっと傍を離れた。

少年の前に、美しい女性が立っているのに気が付いたからだ。

淡い微笑を浮かべた、栗色の髪の女性が。


彼女は少年に手を差し伸べ、その頬を伝い落ちる涙を拭う。


「…サクラ…!」


少年が顔をあげて、女性の名を叫ぶ。

驚きと喜びに。

立ち上がり彼女を抱き締める少年は、見る間に彼女に釣り合う青年へ。


「逢いたかった…!」


二人は愛しげに口付け、髪を撫で、頬を撫でる。

無言で見守る伯爵に気付いた二人が、ゆっくり振り向いた。


「願いが叶った様でよかったね。」


伯爵に頭を下げる二人の姿は、もう掻き消えそうで。


「有難うございました…」


その二つの声は、若さを感じさせない老人のもの。

優しく見つめ合う二人の姿は、何年も共に寄り添った老夫婦だった。







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