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22
 卒業式が終わった。
 ほとんどみんなが同じ大学に行くこともあって、涙より笑顔の多い、あまり寂しさのない卒業式だった。
 帰りに俺は友達数人と打ち上げがてら昼飯を取り、その後少し遊んでから叔母の店へ向った。
 歓送迎会が多い季節なこともあって、叔母の店はちょっとした繁忙期を迎えていた。しかし、ちょうどその日はバイトの大学生が遅い時間からしか入れないというので、俺が夕方から手伝うことになっていた。叔母には卒業式なのに申し訳ないと謝られたが、父は会社の送別会があって帰りが遅いそうだし、母親は妹の学校の保護者主催の謝恩会に出席するというので、特に俺の方に問題はない。
 店につくなり、叔母からお祝いの言葉とともに卒業祝いを差し出された。
 すでにもう叔母夫妻からは大学の入学祝いを兼ねたものをもらっていたので遠慮すると、これはバイト先の店長からだと押し付けられた。そうは言っているが、よほど叔母は卒業式に手伝わせるのを申し訳なく思っているのだろう。本当に気にすることなんてないのに。
「ああ、それとこれ。雨宮君が昨日店に来てね、あんたにだって」
 そう言って叔母は紙袋を差し出した。中をみるとあの本が3冊入っている。
 これは、俺にくれるということなんだろうか。そういうことだとしたら、とてもじゃないけど受け取れない。
 この本は雨宮の両親の言葉が入っているんだから、彼が大切に持っているべきだ。
 バイトが終わったら返しに行こう。
 わざわざ本を叔母に託したのは今日はいないからなのかもしれないとも思ったが、なるべく早く返したいし、なにより雨宮に会いたかった。
 そう決めて、俺は鞄と一緒に紙袋を従業員室とは名ばかりの小部屋の棚に置いた。
 
 
 バイトが終わってエレベーターのボタンを押しても、やはり事務所の階のあるボタンは点灯しなかった。
 普段ならここで帰るところだが、どうしても諦めきれず、俺は事務所の下の階までエレベーターで行ってその階から非常階段で最上階に向かう。
 しかし、案の定、最上階の扉は鍵は閉まっていた。
 だけど、もしかして少し出かけているだけかもしれない。そう考えて、なおも往生際悪く待ってみることにした。階段に腰を下ろす時に、つい制服が汚れることを気にしてしまい、すぐにもうそんな必要がないことに気づく。その時はじめて卒業への感傷のようなものが胸をよぎった。
 腰を下ろした非常階段は冷たくて、風が強いせいか一等星が瞬いて見える。この間まで暖かかったのに、今日は寒い。三寒四温というが、ほんとうにその通りだ。
 退屈しのぎにあの本を読んで待とうと俺は紙袋の中を探った。あたりはとうに真っ暗だったが、ここには壁に設えられた外灯があるので、かろうじて文字が読める程度には明るい。
 何巻を読もうかと、袋の中を探る。するとその本の間に白い封筒が挟まっているのに気づいた。
 取り出してみると、それには、なかなか達筆な字で俺の名前が書いてあった。裏を返すと雨宮の名前が記されている。
 手紙なんてずいぶん古風な奴だ。
 そういえば、俺はメールアドレスも電話番号も雨宮に教えてない。
 ここに来れば必ず会えたから、いままで教える機会がなかった。だけど、これからはきっと外で会うことも多くなるだろうから、教えておいたほうがいいかもしれない。
 雨宮からメールをもらったり電話がかかってきたりすることを想像すると、うれしいようなくすぐったいような不思議な気分になった。
 それにしても、どうしたんだろう。口では言いにくいことでも書いてあるのだろうか。
 すこしどきどきしながら丁寧に封筒を開ける。
 
 
 
 吉野友也様

 卒業おめでとうございます。卒業祝いというわけではないのですが、この本は君が持っていてください。
 君がこの手紙を読む頃は、僕はもう日本にはいません。酒井先生の仕事についていくことにしました。父が望んだように、何より、自分の望みどおりに、世界をみてこようと思います。いつ日本に帰るのか、それとももう帰らないのか、今はまだわかりません。
 でも、訪れた先で君に手紙を書こうと思います。僕は君の住んでいるところを知らないから、君の働いていた店宛に出します。この先を読んだ君が受け取ってくれるかはわからないけど、僕が見たものを君に知っていてもらいたい。
 
 酒井先生にいままでの事情を話しました。先生には僕は貴重な時間をずっと無駄にしていたと言われました。これから取り戻すようにとも。
 だけど、僕はそう思いません。
 君とあの部屋で本を探し、時々は星を狩って過ごしたあの時間は、僕にとって何よりも大切で、かけがえのない時間でした。先生のいう貴重な時間を青春時代と称するなら、僕は君との時間がその全てだったのだと心からそう思えます。君と出会えただけで、あの時間は僕にとってはまったく無意味なものではなくなった。ほんとうに君には感謝してもしきれません。
 
 だけど、僕はもう君の傍にいることはできません。君の友情にはどうしても応えられそうにないからです。
 僕は君のことが好きでした。たぶんこれからもずっと。
 幸せになってください。
 いままでありがとう。
 元気で。
 
 雨宮 昴
 
 
 書いてあることがすぐには飲み込めなくて何度も読み返した。ただ、その手紙に書いてあることを受け入れたくなかったのかもしれない。
 ようやく手紙の内容を理解しても、頭も心もうまく働きそうもなかった。
 どうして。
 それだけが頭の中を渦巻いた。
 どうして、雨宮は行ってしまったのか。
 どうして、俺は片付いた部屋を見たとき、気づかなかったのだろう。彼はもうあの部屋にいるつもりはないということを。
 俺はずっと雨宮がいる未来ばかり想像していた。雨宮とずっと一緒にいられると思っていた。それなのに。
 手紙の一文を目でなぞる。
 
『僕は君のことが好きでした』

 会いたいとか寂しいとか平気で口にするくせに、肝心なことは言わないまま雨宮はいなくなってしまった。
 俺もと答えたくても、雨宮はもうここにはいない。
 そうだ。
 俺も雨宮が好きだった。
 
 工場の時間を告げる音楽が遠くで流れ、ぼんやりと空に目を向けると、遠くに上昇する飛行機の灯りが見えた。
 だけど、それはすぐに滲んでやがて闇の中へ消えていった。

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あきゅろす。
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