[携帯モード] [URL送信]

遙か
4
 学校の最寄の駅は、県庁のある大きな街へ続く路線の他に、俺の家の最寄駅を通る短い路線の起点になっている。
 大きな街へ向かう方は電車の本数は1時間に3本か4本ほどだが、悲しいことに俺が使う路線は1時間に2本、時間によっては1本だ。
 だから、俺は電車の時間から逆算した時間に携帯のアラームをセットしておいて、それまで学校の図書室で時間をつぶすことを覚えた。今はもっぱら図書室では中間テストの準備をしている。
 図書室には司書の先生もいて案外広くて綺麗だ。しかし誰かが利用していることはほとんどない。
 それがちょっともったいない気もするが利用者がいないゆえの静寂さと、埃っぽい匂いのする図書室が俺はなかなか気にいっていた。
 その日も図書室に入って顔なじみになった司書の先生に目礼してから席につこうとすると、珍しく一番奥の窓際の席に誰かいた。
 とは言ってもそいつは本を読んでいるわけではなく机につっぷして寝ているようで、その金色の髪には見覚えがあった。篠井だ。
 その日篠井は学校に来ていなかった。と、いうことはずっとここにいたのだろうか。
 俺はいつも今篠井が寝ているところに陣取っていたから、どこに座ろうか迷った。
 一番手前の席に座るとなんとなく司書の先生の気配が気になるし、だからといって篠井の近くに座る気にもならない。迷った後、俺は真ん中あたりの書架側の席に座った。
 さっそく教科書とノートを開く。

 あの後、しばらく様子見をしてみた結果、俺はやはりみんなから無視されているようだった。
 その証拠に、この間、隣の席の奴がペンを落としたので拾って差し出しても顔すら向けてもらえなかった。そのままそいつの机の上にペンを置いたが、予測していたもののなかなかのダメージだった。
 忠告めいたことをしてきた奴はあの日から休んでいて、篠井とはあれきり口を利いていない。
 集団で無視されるというのは、思いのほか堪えるものだ。自分で選んだ孤独とそうではない孤独というのは、種類が違うのだと俺は初めて知った。
 でも、まあ、それならそれでという気もしないでもない。俺は前の学校ではそれなりに周囲とうまくやっていたし、たぶんこの状況は自分に問題があったからというわけではない。仕方のないことだ。
 ただ、大人になって高校時代を振り返ったとき、この学校で一人で過ごしたことを思い出すことになるのかと思うと寂しい気もした。
 
 勉強をはじめてまもなくノートに陰がさし、顔をあげると篠井が立っていた。
 その顔をみて驚く。
 篠井の左目の辺りは赤紫のあざがあり、その周囲は腫れ上がっていた。端正な面差しだけにいっそう痛々しい。喧嘩、だろうか。
「よお」
 そんな顔で篠井は親しげに笑っていった。
「漫画、ある?あったら読まして。今日発売日だろ」
 言われて俺は鞄の中から漫画をだした。篠井は受け取り、俺の横の席に座って読み始める。
 それきり篠井が何も言わないので、俺も勉強を再開したが篠井の顔が気になって、ついちらちらと隣に視線をむけていると、何回目かで篠井と目があった。
「何?」
「その顔、どうしたの?」
「姉ちゃんにやられたの。やっぱ目立つ?」
 意外に普通な答えにびっくりした。てっきり他校の奴とやりあったとか、道を歩いていてチンピラに絡まれたとかそっちの方を想像してしまっていた。
「お姉さん、強いんだな」
「すぐヒス起こして物投げるんだよ。あいつ、元ヤンだから気が強くてさー。今は特にマリッジブルー?とか言うやつらしくて、ひどいんだ。俺もいつもは避けれるんだけど、昨日はさすがに予想もつかないもの投げてきやがって」
「予想もつかない?何?」
「炊飯器。はじめにしゃもじ飛んできてそれ避けた直後にすかさず飛んできてさー。飯入ってなかったからよかったけど、その後姉ちゃん母ちゃんに怒られて泣いちゃって、昨日はさんざんだった…」
 殺伐としているのか、そうでないのかわからない篠井家を想像して、思わず笑ってしまう。
「20代後半の女にはぜったい近寄んない方がいい。ったく、情緒不安定でたまんねー」
 20代後半の女性というより、篠井のお姉さんだけが不安定すぎるんじゃないかと思ったが、他人の家族を悪くいうのもどうかと思ったので黙っていた。
 それから話は漫画のことになり、連載漫画についての篠井の突拍子もない先読みに、俺は大いに笑わせられた。
 気づけは感傷めいた寂寥感はいつの間にか消えていて、俺は大人になってこの学校を思い返したとき、真っ先に彼のことを思いだすのかもしれないとぼんやりと思った。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!