アイザキガカリ 番外編
5
結局、彼女を見つけることはできず、俺は始業ぎりぎりで教室に駆け込んだ。
相崎の姿を見つけて、今朝のメールを見ていなかったことに気づき、慌てて携帯をみるとやはり相崎からメールが着ている。
その時担任が来て、慌てて席につこうとすると俺を見つけた相崎と目があった。ごめんと口を動かして謝ると相崎は曖昧にだが頷いてくれた。
SHRが始まっても俺の頭はこれからのことで頭がいっぱいだった。とは言っても、今度は帰りに待ち伏せするしかない。
昨日乗ったバスを彼女がいつも使っているとしたら、そのバスが来る前から女子高の前のバス停のあたりで待っていれば会えそうだ。
授業が終ってすぐ行けばその時間に間に合うだろうか。
俺は万全を期してノートの端に逆算を始めた。
「いっちゃん、今朝どこ行ってたの」
休み時間に裕介が聞いてきた。
「鞄あるのにいっちゃんいつまでもこないから心配したよ。相崎も知らないっていうしさー」
「えーと、ちょっと…」
どうともいえずに言葉を濁した時、相崎もやってきた。休み時間は決まって寝ているのに珍しい。
「ごめんな。メールくれたのに気づかなくて」
「いや。それよりお前、どこ行ってたんだ」
「……えーっと」
裕介と同じことを聞かれて、いよいよ困る。
「…忘れ物取りに家に戻ってたんだ」
「忘れ物?教室来た時手ぶらだったけど……財布?携帯?」
裕介の目敏さを一瞬恨めしく思ったが、続く思いもかけない援護に首を縦に振る。
「財布!そう、財布忘れてさ、慌てて家にもどったんだ。だから焦ってて相崎のメールにも気づかなくてさ」
これで朝いなかったのも、相崎のメールに返事をよこさなかった理由も説明がつく。
うまく繋がった。
言った時はそう思った。
しかし、俺の言葉に、裕介は納得したようだったが相崎は何かいぶかしげに眉を顰めている。やばい、何か失敗しただろうか。
だけど、それから裕介が英語の課題の話しをしてきて、その話はそれで終った。
授業が始まる鐘が鳴って二人は席に戻り、SHR中にしていたノートの端の走り書きに何気なく目をとめて、はっと気づいた。
財布を忘れたなら、俺は家から学校にどうやって来たというんだ。
昨日は俺はバスで帰ったから、今日来るのもバスなはずで、金がなければバスに乗れない。
相崎がさっき不審そうな顔をしていたのはたぶんそれだ。
ひとつ学んだ。
嘘を嘘で誤魔化すことだけは、ぜったいにやめておいたほうがいい。
それから相崎がそのことに言及してくることはなかった。
授業中に頭をひねって『ポケットに入ってた小銭でバスには乗れた』という言い訳を用意したのだが、無駄になったようだ。
だけど、これ以上嘘を重ねる必要がなくなったわけで、それには安心する。
昨日一睡もしていない上に朝一で仕事してきた俺は、授業中も休み時間も眠くてしかたがなく、まるで相崎のように隙があれば眠った。
しかし眠りが浅いせいか悪い夢ばかりみた。
相崎の噂が広まる夢、相崎が噂のせいで学校に来なくなる夢、それから相崎から別れを切り出される夢。
はっと目覚めて相崎の姿を見つけては、胸をなでおろす。それの繰り返しだった。
しかしそれらは全部正夢になるかもしれないことだ。ぜったいになんとかしないといけない。
相崎のためにも、自分のためにも。
終業の鐘と同時に飛び出そうとすると相崎につかまった。
「市川」
「な、何」
「今日、どこか寄ってかないか」
俺は基本的に相崎の誘いを断ったことがない。たいてい暇だし、やはり誘われると嬉しくて断ることなんて思いもしなかったからだ。
だけど今日はそうはいかない。
「ごめん。今日はちょっと…その、用が」
「用?」
尋ねられて適当に誤魔化せばいいものを、俺はまた嘘を重ねる。
「えっと、母親に叔父さんに届け物するように頼まれてて…」
「すぐ用が済むならつき合うけど」
「いや!自転車で行かないといけないところだから!」
強く言いすぎたかと思ったが、相崎はあっさりとそうかとだけいって引き下がった。
とりあえずうまく言いくるめられたことに安堵して、俺は挨拶もそこそこに教室を飛び出した。
再び自転車を漕いで女子高に来た。
下校する生徒の姿があったが、昨日彼女が乗っていたバスの時間には間に合っているはずだ。
うちの高校の方向へ行くバス停の前で彼女を待つことにした。
やはり見慣れない男が何をするでもなく立っているのが気になるのか、バスを待つ女子高生からの視線を多少は感じた。
もしかして既に話が広められていてそれで見られているのかとも思ったが、気にしすぎだと頭から振り払う。
だけどバス停に並んだ女子高生たちが楽しそうにおしゃべりしているのを見るとどうしても落ち着かなかった。
女の子はおしゃべりだっていうから、彼女は今日すでに誰かに話してしまったかもしれない。
その話した友達からまた別の友達に伝わって、噂は波紋のように広がって――。
嫌な考えに頭を振る。
もしも彼女が誰かに話していたとしたら、どうしよう。
その友達を教えてもらって、誰にも言わないように頼むとしても、その友達がさらに誰かに話していたら?きりがない。
相崎を守るなんて、とても無理だ。
バスが来て乗り込む女子高生たちを見届ける。たぶん昨日彼女と会ったバスだが、その列の中に彼女はいなかった。
バスを見送ってから再びバス停に目を向けた時、聞き覚えのある声が響いた。
「お前の叔父さんとやらは女子高に勤めてるのか?それともオジって苗字の女子高生ってオチじゃねぇだろうな」
びっくりして振り返るとそこには、冷ややかな表情を受かべた相崎がいた。
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