6 学校のある駅で、いつも使っている路線に乗り換えた。 各駅停車でしかも途中で待ち合わせのある電車だったせいか、こちらはがらあきだ。並んで車両の端の3人がけの席に座るなり、それまで黙り込んでいた水落が不服そうにいった。 「なんでさっきあの女に謝ってんだよ」 「え…えっと」 なんだか怒られているようで、ついどもってしまう。端的に言えば、連れがきつい言い方をしてごめんなさいということだったのだが、水落にそのまま伝える勇気はとても出そうになかった。 「あの…結局、譲ってくれたし…あの子、すごく恥ずかしかったと思うんだ。その…人前でいろいろ言われて」 水落のしたことを非難していると受け止められないようにと願いつつ、しどろもどろとまわりくどく説明する。 それにしても、ものには言い方というものがあるわけで、水落は正しいけど彼の言い方は軋轢を生むのもでしかないと思う。譲ってあげてとだけ言えば、あの女の子だって気持ちよく席を立ってくれただろうし、お年寄りだって気まずい思いはしないで済んだはずだ。もちろん俺がそんなことを本人に言えるはずがないけど。 「…だから、せめてそれが軽減されればいいかなって…そう思って…言い…ました…」 水落がじっと俺を見ているので、なんだか話しにくくて語尾は小さくなっていく。水落の表情からは感情が読み取れなくて、焦りが生まれてきた。やはり俺が彼を非難していると思われてしまっているのだろうか。 もしかして、俺自身、電車の中で水落に注意されたことがあるから、その時のことが尾を引いてて彼の善行をよく思えないだけなのかもしれない。だとしたらこれは当てこすりと受け止められてもしかたない。 「…で、でも、ああいう時にはっきり言える水落ってすごいと思う。そうできることじゃないよ」 彼を責めているわけではないことを伝えたくてそう言うと、水落はそっぽを向いて、そうかと答えただけだった。 それきり会話は途切れてしまい、窓の外に流れる夕暮れの景色を目で追う。 そうしながらも隣の水落が気になって、横目でこっそりと伺うと、俯き加減に何事か考えているようだった。一応、怒っている雰囲気はない…と思いたい。 それならそっとしておいた方がいいと思って、再び景色に目を向けたとき、水落が言った。 「なあ。プレイヤー今日持ってる?」 「え?うん」 「貸して」 請われて鞄の中からプレイヤーを出して水落に渡すと、水落はイヤホンをつけて音楽を聴き始めた。相変わらずあの歌がリピートされて流れるようになっているはずだ。 水落があの歌を聞きたがったのに、やはり俺のことを怒っているわけではないらしいと少し安心した。 快速の待ち合わせを行う駅に着いた。そこで結構な人数が降りていって、車内はさらに空き、俺と水落の周りにはほとんど誰もいなくなった。俺たちも先にでる快速に乗り換えるか水落に尋ねると、水落は首を横に振った。実はちょっと歩き疲れていて満員の快速に乗るのは嫌だったから、内心ほっとする。 水落から返されたプレイヤーを、鞄の中にしまう。すると、水落がもの言いたげに俺を見ていることに気づいた。 「……何?」 尋ねると水落は迷うように視線を揺らしてから、再び俺をみて言った。 「お前はいつもおどおどしてて、いったい何がそんなに怖いんだかと思うほどびくついてるけど」 突然、だめ出しされて驚く俺に、水落は静かに続けた。 「だけど、お前は他人の面子を大切にしようとするよな。入学式の時とか…さっきもそうだけど」 「面子?」 「…他人のプライドを守ろうとするっていうか…。だから、かな」 なんだかよくわからないが、なんとなく褒められているらしいことはわかった。ご大層なことを言われて少しむず痒いが、水落は俺のそういう部分を買ってくれているんだとわかって、少しだけもやもやしていたものがすっきりした気がする。 「だから、俺はお前のことは信じることができるんだと思う」 「……」 それは俺が信用できるということだろうか。その言葉に感激で胸が詰まり、俺は思わずうつむいた。 「……松岡」 「…うん」 まだうまく話せそうもなくて、俺は俯いたまま返事をして続きを待った。すると少しの沈黙の後、水落は真剣な声で言った。 「…俺な、ゲイなんだ」 「えっ」 思わず顔をあげる。 言われたことがすぐにはわからず、一瞬頭が真っ白になった。ゲイ、ということは水落は同性を好きになるということなのだろうか。その認識で間違いはないだろうか。 水落は男が好き。 驚愕の嵐が俺の中を吹きぬけた。頭のどこかで、もったいない、となぜか思う。 動揺が奇跡的になんとかおさまると、そんな秘密を俺に打ち明けてくれたことが、じわりと嬉しくなった。ほんとうに水落は俺を信頼に値する友達だと思ってくれているんだ。そう思った。 「…そうなんだ」 「うん」 水落は恋人とかいるのだろうか。尋ねてみたい気もするけど、それを今聞くのは早急すぎるかもしれない。 なにはともあれ、彼の秘密は守りぬこう。友達として当然のことだけど。 その決心を告げようとすると、水落はどこか思いつめた顔をして俺を見ていて、そしてゆっくりとあのよく通る声で言った。 「…それと。俺、お前のことが好きなんだ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |